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遅くなったけど今日は天長節

遅くなったけど今日は天長節

今日は天長節。陛下のお誕生日になります。
クリスマスはキリスト教徒には大切な日になるのでしょう。
その前に天皇陛下のお誕生日を祝う方が先なのではないでしょうか?
いい加減この年になるとクリスマスもあまり関係がありません。
昨年の民主党政権時に月山明博が日本領土である竹島に上陸し、天皇陛下を侮辱する発言をして、今まではそんなに感じていなかった天皇陛下が身近に、しかもいかに大切な存在であるかを身に染みて感じるようになりました。

私は昭和天皇崩御!!の新聞見出しを見たときに一抹の寂しさを感じました。
それは言葉では言い表すことは出来ない体の中ほどから滲み出てくるような悲しみの感情でした。
そして未曾有の災害を見て、天皇陛下が皇后陛下と共に被災地でお祈りをされるお姿に何とも言えない神々しさを見たような思いでした。そして南朝鮮のあの無礼な発言は怒り心頭に達し、自分は日本人なのだと痛感しました。

天長節の詩
↑↑↑こちらの画像をアップされている「さくら花びらの『日本人よ誇りを持とう』」様サイトより
http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/32332181.html
クリスマスより「天長節」です。日本人は大切な日を忘れてはいけない。

戦前は天皇陛下のお誕生日を「天長節」と呼んでいました。これは明治になって制定されたものです。戦後、紀元節や明治節と同じように言葉自体が消されてしまいました。

12月23日は天長節(天皇陛下のお誕生日)です。しかし、今の日本人は天長節よりもクリスマスの方が関心が高いようです。12月も20日を過ぎると各地のイベントもマスコミも含め日本はまるでクリスチャンのようにクリスマス一色になります。天皇陛下のお誕生日を言い出すことはほぼありません。日本人の頭の中から天皇陛下のお誕生日というのがすっぽり抜けているようです。

それとともにこの日は昭和23年にA級戦犯と言われて7名が処刑された日でもあります。GHQは当時皇太子のお誕生日を知っていてやったのです。この屈辱も国民は胸の奥にしっかりと覚えておかなければいけません。

日本は元々神道ですから仏教もキリスト教もイスラム教も受け入れますが、天長節は国家、国民がお祝いすべき日です。本来、クリスマスより天長節こそ日本人として大切な日なのです。国民の祝日としてマスコミ、特にNHKは長時間の特集を組んで天長節を正しく報じることが公共放送としての務めであります。

日本は身障者が積極的にスポーツをすることはなく、パラリンピックも振るいませんでした。昭和天皇が崩御された諒闇(りょうあん)中、今上陛下は北海道での全国障害者スポーツ大会にお出になられました。全国障害者スポーツ大会は昭和40年から始まり、以来ずっと、天皇陛下と皇后陛下は応援し続け、関係者を東宮御所に招かれては「ぜひ、今後も頑張って欲しい」と励まされていたのです。その結果、パラリンピックにおいて日本の身障者は毎回素晴らしい成績を上げるようになりました。

身体にどんな障害を持っていても、さらに頑張れば世界のひのき舞台に立つこともできるという自信と勇気を多くの人々に与えたのでした。

今上陛下は国民が忘れてはいけない日として「四つの日」、6月23日の「沖縄戦闘終結の日」、8月6日の「広島原爆投下の日」、8月9日の「長崎原爆投下の日」、そして8月15日の「終戦の日」、を特別の日として慰霊を重ねておられます。

毎年4月と10月には靖国神社の例大祭に勅使をご差遣され、平成6年にはマスコミのバッシングで御声を失っておられた皇后陛下を伴って硫黄島へ、平成17年にはサイパンに出向かれ、祖国日本から遠く離れた地でお国のために命を捧げた200万人を超す方々へ慰霊をされました。


小泉首相は戦争で亡くなった方々を「心ならずも戦争に駆り立てられて戦死された人々」と言いました。しかし、陛下は硫黄島で「祖国のために精魂込めて戦った人々」と仰せられ、「いまだに地下に一万の遺体が眠る硫黄島への訪問は心の痛むものでありました」、「今日、硫黄島の厳しい環境の下で勤務している自衛隊員並びに海上保安庁職員の労苦を多とするものです」と述べられ、平成7年の東京国立劇場の『戦後五十年を記念する集い』では「今日の平和と繁栄をもたらす礎となった多くの人々」と仰せられました。小泉首相とは認識が違うのです。


また、国民には公表されていないこのようなこともありました。

平成23年3月11日の東日本大震災の翌12日、天皇陛下は「犠牲者へのお悔やみ、負傷者及び被災者へのお見舞いとともに災害対策に全力を尽くしている関係者一同の努力を深く多とする」という思し召しを羽毛田宮内庁長官から菅直人首相に伝えました。これは陛下が首相を通して国民に伝えてほしいという思召しであられたものです。しかし、菅首相はこのことを国民に伝えることはなかったのです。


東日本大震災で天皇陛下は御所内の計画停電を励行されました。あまりの寒さに側近が両陛下のご体調を心配しても、「苦しんでいる人々と困難を分かち合いたい」、「寒さは厚着をすればしのぐことができる」と仰せられました。

かつて日露戦争の時に明治天皇は真冬の寒さの厳しい中、ストーブを取り外されて手あぶりしかお使いになられませんでした。側近が心配されても「戦地の兵士はもっと寒い中、ストーブもなく戦っている」と言われ、また夏の暑い時には軍服をお脱ぎにならず、団扇も一切お使いにならずに御学問所で休憩もなく政務を執り続けられました。

これが我が國體であり、歴代天皇に受け継がれてきた国民とともに苦楽をともにすることを常に実践されているのであります。こんなに素晴らしい国は世界にありません。



一部引用させていただこうと思いましたが、全文転載させていただきました。
素晴らしい内容なのですべて読んでいただく方がいいのではと判断いたしました。
他にもたくさん良いお話がありますので良ければ他の記事もご覧になっては如何でしょうか?

宮殿のベランダでお立ちになる両陛下

天皇皇后両陛下 「神宮勅使発遣の儀」

今は懐かしい先帝陛下
昭和天皇

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~ Comment ~

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転載頂き感謝いたします。
素敵なブログですね。私の記事が他人の記事に感じました。

さくらの花びら様

ご了解いただきましてありがとうございます。
しかも事後報告で申し訳ありません。
いつも亜感動いっぱいの記事をありがとうございます。

> 転載頂き感謝いたします。
> 素敵なブログですね。私の記事が他人の記事に感じました。

拙い処なのにお褒め頂いて光栄です。
これからもよろしくお願いいたします。
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