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懐かしい人々

懐かしい人々

ドナ・サマーとロビン・ギブに寄せて


私はなんて素敵な時間を過ごしていたんだろう!
名曲といわれる楽曲と一緒のときをリアルタイムで聴いていてその感動を今も感じる事が出来る。
時は過ぎて、時代が巡る、同じ曲を聴いても心はその時を記憶の中から取り出し、目の前に当時を広げてみせる。
友人が笑い、踊り、はしゃぐ姿が浮かぶ、相変わらず私は何時ものメンバーと「何とか談義」を繰り広げながら、いつの間にか踊りの輪に加わる。みんな若い!その中で何故か自分を見つける事は出来ない。。。

バンド仲間の友人たちは夫々に飲み物を手に自分の番ではないと他のグループに誘い水。

懐かしい・・・とても懐かしいどれだけ自分が齢をとったのか、いくら叫んでも元には戻れない事もわかってはいるけれど、逝った年月が堪らなく愛おしい。

Kちゃん、アレサ・フランクリンが好きだったよね?
Sちゃんジャニス・ジョプリン、纏まりがなくエラ・フィッツジェラルド、サラボーンあれもこれもジャンルもなくビリー・ホリディ、ジミー・ヘンドリック・・・『紫の煙これいいよ!聴いてみ。』と声が聞える。
毎日夜毎、意見交換、あのときの日々が戻るならたとえ一時間で命が終わるといわれても惜しくない。

それが僅か5分の時間であっても!!

何時までも人は生き続けることが出来ない。
素晴らしいアーティストも同じ。
ただ同じ時代を生きたという証を耳が目が覚えている。

兄の命の危機を伝えられ、病院へ向い、たくさんの検査、心筋梗塞、意識のない兄に代わって、サインやら手術に付き添い、最後の最後にこっちに引き戻してくれた先生達の血の滲むような努力。

やっとなんとか危機を乗り越えて・・・それに油断したのかまたしても高熱にやられて、体中の関節と筋肉が痛み、起き上がることも出来ずに、臥せっていました。(小さな子供じゃないんだから、ねっ。)

やっと起きだして息子が立ち上げたパソコンで、ドナ・サマーの訃報を知る。。。
それでもPCを触る事が出来ない、目の奥が痛くて、座っている事が出来ない、、、
次にビージーズのロビン・ギブの死去を知らせるニュースが目に入る・・・ビージーズ彼らは大好きなアーティスト。真っ先に浮かんだマサチューセッツ、サタディナイト・フィーバー、等など。

年齢を重ねると9度近い熱はかなり堪える。少し前に出た熱が9度以上で、意識も動きも朦朧として、やっとそれが良くなってどうにか動けるようになったところに兄の事、とまた熱を出してしまった事。
安心したからなのか完全に治りきっていなかったのか、やっとネットで夫々のことを確認した次第です。

追悼と感謝の気持ちを込めて、彼等の音楽を聴いて戴きたいと思います。

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http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY201205220217.html
ディスコ発、本物の歌姫 ドナ・サマーさんを悼む

数々の大ヒットを飛ばした米国の歌手ドナ・サマーが63歳で死去した。オバマ大統領が声明を出し、日本でもラジオが特別番組を編成するなど、根強い人気をうかがわせた。最近は目立った活動もなかったが、「ディスコの女王」と呼ばれた1970年代後半~80年代前半の輝きは、あまりにまぶしかった。

 下積みが長い。60年代はバックコーラスやミュージカルの俳優として生計を立てた。転機はミュージカル「ヘアー」のヨーロッパ公演のためドイツ・ミュンヘンに住んでいたとき、プロデューサーのジョルジオ・モロダーと出会ったことだ。出始めだったシンセサイザーを多用するモロダーの機械的なダンスビートに乗って、あえぎ声で延々歌う「愛の誘惑」(75年)や「アイ・フィール・ラブ」(77年)などのお色気テクノ路線でヒットを飛ばす。モロダー製作のアルバム「華麗なる誘惑」(79年)で「バッド・ガールズ」や「ホット・スタッフ」などが大ヒット。ミュンヘン・サウンドと呼ばれた。

 「ノー・モア・ティアーズ」(79年)が当時、異様な衣装で街中で集団で踊る竹の子族に愛好されるなど、日本ではヤンキー文化の一端を担ってもいた。

 ヨーロッパから米への逆輸入、ダンスフロア発のヒットという新しさが、逆に、本格派ソウルファンの不興を買う面もあった。ソウルのマニアックな研究では世界でも有数の“まじめな”日本のソウルファンは、概してドナ・サマーに冷たくなかったか。本格的な評論も少なかった。ドナ自身も気にしていた風情があり、80年代初頭のインタビューでは「ディスコだけでやってきたわけではない。(歌手として)にせものでない」と答えている。

 白状すると、記者もドナのサウンドの新しさが分からなかったクチだ。今、改めて聴き直せば、パンクロックから出てきた米のバンド・ブロンディや、日本のテクノポップのイエロー・マジック・オーケストラにはドナの影響がありありとうかがえるのに、何を聴いていたのやら。“本格好き”のさかしらな冷笑をよそに、本物の歌は永遠の命を得る。(近藤康太郎)

Donna Summer - Hot Stuff



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ソース:時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012052100040
「恋のナイト・フィーバー」などのヒット曲で知られる英国の音楽グループ
「ビージーズ」のメンバー、ロビン・ギブさんが20日、死去した。62歳だった。
家族が声明で明らかにした。ロビンさんはロンドンの病院で、肝臓および大腸がんの治療を受けていた。

ビージーズは1958年、ロビンさんら男性3兄弟を中心に結成された。
レコード・デビューは63年で、これまでに世界中で計2億枚以上のレコードや
CDの売り上げを記録している。代表的なシングルに「愛はきらめきの中に」
「ステイン・アライヴ」「失われた愛の世界」「哀愁のトラジディ」などがある。

ロビンさんは49年12月、アイリッシュ海に浮かぶ英マン島生まれ。中部のマンチェスターで育ち、
その後、オーストラリアへ移住した。1年半前に悪性の腫瘍が見つかり、闘病生活を続けていた。
今年4月には昏睡(こんすい)状態に陥っていたものの、子供らが意識を回復させようと
病床で歌を歌い、一時意識を取り戻していた。


5月26日WOWOWで「ロビン・ギブ追悼番組」放送

5月26日(土)(午後2時~)にWOWOWで「ロビン・ギブ追悼番組」として
「ビージーズ・ライブ・イン・ラスペガス1997」が放送されます。

Bee Gees - Massachusetts


http://www.youtube.com/watch?v=CT89tnan5zY メロディ・フェアMelody Fair
http://www.youtube.com/watch?v=A3b9gOtQoq4 Bee Gees ♫ Stayin' Alive

ご冥福をお祈りいたします。(涙)
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