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君が代は祓い詩

君が代は祓い詩

世間ではハシシタ教が蔓延しているようですが、彼の言ってることは一理あると思います。
日教組に対してハシズムをマスコミが大々的に報じている事に、少々疑問を覚えながらも、この国歌国旗の事は頷く事が多いのです。人それぞれではなく日本国民は法律で決まっているのだから四の五の言わずに起立して歌えば良いのです。

私は国旗の重みシリーズが大好きでその中にに「ラモス・ルイさん」のものがあります。
これを見ると自然に涙が溢れてきます。ラモスさんの日本に寄せる思い、日の丸への憧れ、そして日本人になれたことへの喜びが伝わってきます。^^
日教組さん、一度ご覧になりませんか?

国旗の重み 番外編~ラモス瑠偉と日の丸への思い~



貼っておきます。

昨年“月、ぴよ”さんで「君が代のきみとはだれなのか?」を読んで、妙に納得した事を覚えています。
今年は続きを目にしました、なので完全コピーで貼りました。
ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、宜しかったら是非読んでみてください。
↓ ↓ ↓引用ここから
2011年5月31日 (火)
君が代のきみとはだれなのか?
君が代訴訟「起立命令は合憲」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1619094&media_id=2

この裁判を争っていた日教組の連中が言うには、君が代の君とは天皇の事であり、軍国主義の名残りだとかそんなような事を言っている訳だ。

なんでもかんでも「軍国主義」と言えば、世の中の人は反感を持つだろう~
的な狭い思惑での意見だと考えられる。ようするにただのプロパガンダが元になった考えであって、今現在でも彼らが心底そう思っているのなら、
それはあくまでも「無学」な人間の「かわいそうな考え」でしかない。

日教組という組織自体が、1947年…つまりポツダム宣言受諾により
「連合国統治領日本」となって、占領軍であるGHQによって作られた組織であるという事を忘れてはならない。

だから、君が代同様に「日の丸」も受け入れられないのだろう。なぜなら日教組が出来た時の国旗とは赤青白の3色旗である連合国統治領日本の国旗なのだろうからね。

つまりこれ↓なんだろうね
連合国統治領日本の国旗

もしかすると彼らが思う国歌ってのは「連合国賛歌」なのかもしれないよ?
http://www.youtube.com/watch?v=gmLV6W5D88w&feature=related

ようするに日教組…日本教職員組合は「日本」と名前がついてはいるけれど、その「日本」は僕達が知っている「日本」じゃなくて、「連合国統治領日本」なんだろう。

英語で言えば、JAPANではなくて、Occupied Japanなんだろう。

だから、日の丸も君が代も受け入れられないんだろうね。

そういえば、最近またしゃしゃり出ている、岩手の容疑者先生は「国連至上主義」みたいな事いってましたね。あんなのも同じ考えなんだろうね。

そう言えば学校の先生は、United Nationsを今でも「国連」と教えているしね。どうして「連合国」って教えないんだろね…

だから、本当なら日教組という組織は1952年(昭和27)にサンフランシスコ条約が発効され、日本の主権が回復した時点で、消滅させるべき組織であったんだろう。現時点まで残っている事自体が、かれらの言う所の「戦争の遺産」であり「戦争の膿」なんです。

かれらは、戦争の事を親の敵のように言いますが、
なんのことなく彼らの存在自体が戦争の痕跡である事を
忘れてはいけません。

したがって、日教組を解体する事こそ、
本当の終戦への一手順である訳ですね。
おかしな話です。

さて、タイトルに書いた「君」ですが、
これはそもそもの日本語(ヤマトコトバ)でいう「きみ」が
語源であることは間違いない。

そこに「君」という中国の文字である漢字を当て振ったことにより、
この言葉の意味が分からなくなっている訳だ。

「きみ」というのは「き」と「み」をあわせて作られた物で、
あえて漢字を当てるならば、木と実なのです。

大昔の日本人の自然に対する哲学のなかに、
陽と陰や天と地といった対極する事柄とは別に、
東西南北や春夏秋冬という自然の摂理やサイクル等の事柄という
考え方がありました。

東から太陽が昇り、南でもっとも強くなり(栄えて)、
そして西で赤くなり、北にいる間は昇らない。

(古代日本では、大地は平らではなく「くにたま」と呼ばれる玉であるので、
北は裏に行っていると考えられていました…多少違いますが、
ようは地球の裏側にいるって事です)

そして木は春に芽吹き、夏に生い茂り、秋に葉を赤くさせ実をつけ、
冬には枯れてしまう。

これらの事柄がすべて1つの事であると考えられていました。

つまり、生き物の一生も、太陽の一生(1日)も、自然のサイクルもすべて同じであると考えた訳です。

この成熟し「実」を付ける…という事から、女性は子供…つまり次世代を産むことから、「実」を女性にたとえ、その対になる物なので男性を「木」にたとえた訳です。

(ここで、天と地といった上下関係ではなく、東と西という水平な関係…であるという点も興味深いですね)

なので、「きみ」とは「男女」の事。

これは単に男女であるだけでなく、「夫婦」である事です。

日本で最初に結婚した(結婚という制度を作った)とされる、モモヒナキ・モモヒナミのお話にも繋がりますが、(ひな祭りの元)上記の理由で、
それぞれのお名前が○○キが男性、○○ミが女性な訳ですね。
ほかにも「イザナキ・イザナミ」も同じです。

ちなみに「ひな」についてなのですが…

人間は生まれて物心ついた時点から成熟するまでは、1から4まで出来上がったという意味で「ヒヨ」とよばれます。これは今でも「ヒヨっこ」とかの語源ですね。

そうして、心身ともに健全に成長した段階で、1から7まで出来上がったという意味で、「ヒナ」と呼ばれます。「ひなまつり」の「ひな」でもあります。これに「雛」という漢字を当て振ってしまったので意味が忘れ去られる原因にもなっていますね。

つまり、人間は心身ともに成熟したとしても、「ヒト」には成れません。

これは古事記で言えば、「なりなりて、なりあわざるところひとところあり」と同じな訳です。

男も女も、心身共健全に成熟したとしても、単独では「ヒナ」でしかなく、「ヒト」…1から10まで…つまり完成するには、結婚して男女それぞれの違いをあわせて初めて「完成」します。

夫婦になって初めて世の中に「ひと」として認められるという訳です。

漢字の説明で、二人の人間が寄り添っているから「人」なのだ…というのは、実は言葉と説明が先にあり、後から漢字が日本に入ってきて充てられたのだろうと考えます。

つまり「きみ」とは「男女」の事であり「夫婦」の事です。

そして、結婚し夫婦となって、子供を産み、繁栄してゆく。

だから、「君が代」という歌は、その営みが、この先ずーっと続いてほしい…そういう内容なのだと私は解釈しています。

もちろん、「君が代」の「君」が天皇陛下を表すという考えも間違いではありません。

しかし、この場合、「きみ」という言葉の語源を考えれば、天皇皇后両陛下と捕らえるべきでしょうね。

そして、昔の日本で、君が代を結婚式の時に歌ったというのもそのとおりでして、これが元で「君が代=プロポーズ説」ってのもありますが、大きく捕らえると間違いでは無いと思いますが、あくまでも「相手」ではなくて「ふたり」の未来を歌った事なのです。

「相手を思いやる」事も重要でありますが、「二人」であるという事を大切にしているのだと思うわけです。

そういえば、日教組の人たちは、「じぇんだーふりー」とか言う良くわからない事を言って、この夫婦関係にもなんか反対してたりしますね。

まぁ日本教職員組合の「日本」が、私達の知ってる「日本」で無い以上、私達の知っている「日本」が子々孫々まで栄えては困るって事なんでしょうね。

困った話です。


以上月夜のぴよこと空耳うさぎさんたち様より転載。





012年3月11日 (日)
祓い歌(君が代の話 続編)
■国歌斉唱時に不起立、大阪府教委が17人懲戒
(読売新聞 - 03月10日 10:34)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1946039&media_id=20

この件に関しての意見は散々過去に書いたので、そのリンクを最後につけるだけにするけど、
ちょっと皮肉を書いておこうと思う。

この皮肉も何度か書いてるけど、News記事にリンクするのは初めてなんで、まぁマイミクさんは
またこのネタ?って思うかもだけど、ごめんねw

「君が代」は西暦905年に編纂された、「古今和歌集」に読み人知らずとして掲載された和歌だね。この時点で、誰が詠んだかわからない程「古い」のだけど、比較的多くの人が知ってる「詩」として紹介された「和歌」な訳。

「古今和歌集」なんて言うと、難しそうだけど、言ってしまえば「ヒット曲集」な訳ですよ。
それも「最新」だけじゃなくて「定番」も収録されてる訳。

ところが、和歌ってのは和詩とも言う。これは当時はまだ今みたいにカナ交じりの日本語ではなくて、まだ漢字をどうやって日本語に取り込もうか?って事がキチンとしてなかった当時の話で、
文書は漢文で書かれていた訳。漢字の伝来と共に漢詩という物が入ってきたわけだ。

つまり、当時の中華大陸で使われていた言葉を使った詩だね。これに対して、日本に古くからある古来の詩を和詩と言った訳。

だから、和歌は日本語…もっと言えば「やまとことば」で、5音、7音という韻で構成されている訳ね。

ところが、あんまり気にしてないかもしれないけど、「君が代」は韻を踏んでないんですよ。

正確には、「字余り」の和歌なの。

きみがよは
ちよにやちよに

さざれいしの
いわおとなりて

こけのむすまで

見て判るとおり、和歌(短歌)なら、五七、五七、七 とならないといけない訳なんだけど、
「さざれいしの」の部分が6文字なんだね。

歌の意味として、「さざれいし」 つまり細石、学術的に言えば「石灰質角礫岩」の事で、
小さい石が寄り集まって、その間が石灰で繋ぎとめられて1つに固まった岩の事ね。

「いわお」つまり「巌」。これは、「岩」の中でも、特に大きくて、神聖な物の事を指す言葉ね。

これは、昔の人は細石を見て、石も生き物のように成長してると思った訳。
そう思えないのは、人間には知覚できないほど途方も無い時間をかけて成長しているからで、
石もまた、「巌」…つまり上位の存在になろうと成長していると考えた訳。

だから、石が集まって巌に成長するほどの長い年月…って事を言いたい訳よ。

で、詩にもどると、「さざれいし いわおとなりて」でも意味は問題なく通じる。
あえて、「の」を入れる事で、違う意味にする必要が無いのに、あえて入れている。
なぜ「さざれいしの いわおとなりて」って事で「の」を
入れたのか?って点を考えるべきなんだね。

つまり、君が代は意図して「字余り」で作られたと考えるほうが正しいと思う訳よ。

本来、詩の意味を変えようとか、名詞なんかの関係で、どうしても五音や七音で収まらないからとか、そういう意図ではなく、「わざと字余りにしている詩」ってのは、奈良時代以前の風習で言うと、

祓い詩

なんです。

今でも、神社で神主さんにお払いをしてもらうでしょ?、あれと一緒なんです。

これには理由があって、日本は農業国だったので、太陽が365回めぐると1年だというのを知ってました。そうじゃないと種を何時撒いたり、どれぐらいに田植えしたりとか判らないからね。

そして、明確な四季があるので、それを4つに別けた。それだけだと日数が多いから、それを上旬・中旬・下旬の3つに別けた…だから1年は12ヶ月あって、大雑把に言えば、31日あるって事は知ってた訳。

この当時の知識として、天地創造の時に混沌としていた世界のうち、軽い物は上に昇っていって、重い物は下にしずんで行った。そして、最も軽い物が集まっていって出来たのが太陽、どろどろの重い物が集まったのが私達の大地で、その中でも最も重い物は、大地から分離して月になった。って考えられてました。ちなみに、泥がだんだん水と土に分かれて、それぞれ海と陸地になったってのも一緒。

そんな訳で、本当は31X12回で一周する所が、月が重くて遅れちゃう。その影響で、30日の月と31日の月が交互に来ないといけなくなっちゃってる。

31日の月が5回、30日の月が7回。

なので、和歌は5・7調で音を並べ、57577で31音が通常の和歌な訳なんだね。

そして、人間の指が10本あるのと同じで、普通に10進法を日本では使ってて、1から10で
一通りするってのが常識としてありました。

これは前も書いたけど、「ヒト」って言葉の語源もそう、1から10までそろった、完成した、
(そして結婚もしたってのも加わりますが)から、1から10までそろったんで、「ヒト」なのよ。

なので、さっきの30日ってのを10で割る。
そうすると3段のカレンダーが出来ますよね。

所が、31日、30日、31日、30日…なんて並べてゆくと、カレンダー同士にどうしても2枡の隙間が
出来ちゃう。

この「隙間」…つまり「間」が出来ちゃうのは、いわゆる「間抜け」でして、其処から「魔物」が忍び込んで、人々をそそのかす。だから「魔が差しちゃう」訳。

間も魔も摩も実は語源はみんな一緒の「ま」って言葉。

つまり、31日の月には、隙間が開いちゃうから、そこから魔物が入ってこないように、しないといけない。

だから、1年に5回。神社では「お払いの儀式」をする事になっていて、それがいわゆる「節句」ね。

1/1 3/3 5/5 7/7 9/9 に節句が行われました。

この時、お払いの詩を歌うわけ。

31日で隙間が開くから、32音の和歌を歌うことで、隙間を埋める事で、魔を払う訳。

節句が2日づつ(1月は1日、3月は3日って具合に)づれるのは、31日が本来の姿だからで、
その場所に隙間が開くからとされていたようです。

・・・と、説明が長くなっちゃいましたが、わざと32音の和歌にしたてた、「きみがよ」という詩は
明らかに払いの詩な訳。

そして、以前書いた「君が代のきみとは誰のこと」って日記でも書いたけど、子孫繁栄を願い
詠った願いの詩でもある訳。

そうなるとですね、「子孫繁栄」を願って詠った詩であり、祓い詩である訳だから、

それを嫌がる者というのは、「子孫繁栄」を阻害しようとして、間をうかがい、こころの隙間から
忍び込んで、人々の心を誘惑して、「間が刺す」行動をそそのかそうとしている者な訳。

だから、「お払い」を嫌がる訳ですよ。

よく、悪魔祓いの聖書の言葉で苦しむ悪魔とか、修験者のお経で苦しむ悪霊とかあるじゃないですか。

あれと一緒です。

もう、お分かりですよね。

別に「国歌だから」とか「法律だから」とかそういう理由が無くても、「みんな一緒に歌いましょう!」って言われて、どうして裁判までして頑なに詠うことを拒むのか?

理由がわからないでしょ?

別に、絶対詠わなきゃダメ!なんて事は言うつもりはありませんけど、なんで其処まで頑なに
拒否する必要があるのかしら?

みんなで仲良く詠えばいいじゃない?

まして、人生でとっても大切な、思い出に残る卒業式で、みんなで最後に一緒に歌いましょうって
時の歌でしょ?

おじいさんもおばあさんも、お父さんもお母さんも、同じ思い出があるはず。

つまり卒業式に列席してる家族の方まったくも同じ経験をして、同じ思い出があるはず。

先生達だって同じ経験をして同じ思い出があるはず。

大人はみんな「自分の時の事」を覚えてるはずなのね。

そういった思い出の時と同じ歌を歌って一緒に思い出を作る。

何年か先、自分に子供が出来た時に、子供も自分と同じ歌を歌って思い出を作る。

だから出来れば同じ歌を歌ってほしいな…そういう事でしょ?

それを頑なに拒否するからには、相当な理由があるんでしょう。

「きみがよ」を聞いていたら、心臓がバクバクして、幻影が見えた…とか言ってる人居るでしょ?

どうして?って思いますよね? どうして其処まで?ってね。

簡単ですよ。

お払いされちゃうからですね。

過去日記LINK

君が代の君とは誰なのか?
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1729827086&owner_id=38445


→http://twinklestars.air-nifty.com/sorausa/2011/05/post-4293.html
外部ブログ

なるほど、白桃酒ですかw
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1746602092&owner_id=38445

→http://twinklestars.air-nifty.com/sorausa/2012/02/post-c617.html


月夜のぴよこと空耳うさぎさんたち様より、君が代の話の続編をさらに追加


勉強になりますねー。
私は君が代の君は私以外の人、の事だと思っていました。
祓い詩だったとは思いもよらないし、普通に国歌と思っているので拒否反応はありません。
簡潔でメロディも厳かで世界で一番美しい国歌だと思っています。

何はともあれ公務員なんだから自分の主義主張は措いといて敬意を払えというのが私の見解であります。
それが嫌なら公務員は辞めなさい、といいたいですね。

私はmixi未加入なので入ることが出来ません。
加入してらっしゃる方は雪だるまさんのところへ飛んでみてくださいね。

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