2008.08.31 (Sun)
いつの日にか
今、思いっきりPCの調子が悪くて困っています。
メモ帳にせっかく書いた記事を途中でおいて、続きを書こうと思っていると
勝手に落ちてしまい、保存することもなく消えてしまって半泣き状態です。
その記事の内容がバンパイアについてなんですが、先日読んだ『ポーの一族』
(コミックです)内容の感想とひとつの言葉から受けた印象が私の気分にマッチして
矢沢 栄吉さんの「時間よ止まれ」に結びつきました。
しかも「時間よ・・・」の歌詞をある程度引き合いに出したところで私が書くことを止め、
別の事を始める事になるのですが必ずと言っていいほどここでPCの調子が
悪くなってしまい、フリーズしたり、勝手に落ちたりとこれを繰り返すこと3回。
4回目を決めて書き始めてほぼ出来上がりでまた落ちてしまい、見て貰いました。
異常にPCの吸い込み口が熱くなっていて、バラしてもらいお掃除と成りました。
いつもはただ拭いているだけでそれでいいと思っていましたが、そんな事はないようで
細かい埃を吸い込んでいてそれが詰まってエラーを起こしていました。
でもそれだけではないようでいつもCPUが100%、ネットにつないだ瞬間から
数値が上がっていってメールを打つにも重たく一語一句がなかなか出ない。
再起動をして何とか済ませてはみたものの調べ物をしているとやはり重くなってしまう。
今日は記事も出来上がりやっとUPしようとしたところで先にコメレスをと思い
書いたんですが、一気にブルー画面になり、ダウン。Y(>ω<、)Y ヒェェーーッ!
もうこれは書くなということだと思いやめました。・゚・(ノ∀`;)・゚・
このままでは困りますので連絡を取って修理してもらおうと思います。
今回に限ってこれだけ不都合が起きるとは思ってもみませんでした。orz
私が惹かれたフレーズは『幻』
・・・夏の日の 恋なんて 幻とわらいながら この人に賭ける
汗をかいたグラスの 冷えたジンより 光る肌のかおりが 俺を酔わせる
幻でかまわない 時間よ止まれ 命のめまいの中で・・・
思い出になる恋と 西風がわらうけれど このひとに賭ける・・・
これです。『時間よ止まれ』
コミックのもの憂い感じと彼等が幻であると、この楽曲に行き着く、関係あるようで
ないような・・・「時間」という概念を越えて存在する彼らに在るならば敬意を表して。
この楽曲を贈ります。「時間よ止まれ」と。
メモ帳にせっかく書いた記事を途中でおいて、続きを書こうと思っていると
勝手に落ちてしまい、保存することもなく消えてしまって半泣き状態です。
その記事の内容がバンパイアについてなんですが、先日読んだ『ポーの一族』
(コミックです)内容の感想とひとつの言葉から受けた印象が私の気分にマッチして
矢沢 栄吉さんの「時間よ止まれ」に結びつきました。
しかも「時間よ・・・」の歌詞をある程度引き合いに出したところで私が書くことを止め、
別の事を始める事になるのですが必ずと言っていいほどここでPCの調子が
悪くなってしまい、フリーズしたり、勝手に落ちたりとこれを繰り返すこと3回。
4回目を決めて書き始めてほぼ出来上がりでまた落ちてしまい、見て貰いました。
異常にPCの吸い込み口が熱くなっていて、バラしてもらいお掃除と成りました。
いつもはただ拭いているだけでそれでいいと思っていましたが、そんな事はないようで
細かい埃を吸い込んでいてそれが詰まってエラーを起こしていました。
でもそれだけではないようでいつもCPUが100%、ネットにつないだ瞬間から
数値が上がっていってメールを打つにも重たく一語一句がなかなか出ない。
再起動をして何とか済ませてはみたものの調べ物をしているとやはり重くなってしまう。
今日は記事も出来上がりやっとUPしようとしたところで先にコメレスをと思い
書いたんですが、一気にブルー画面になり、ダウン。Y(>ω<、)Y ヒェェーーッ!
もうこれは書くなということだと思いやめました。・゚・(ノ∀`;)・゚・
このままでは困りますので連絡を取って修理してもらおうと思います。
今回に限ってこれだけ不都合が起きるとは思ってもみませんでした。orz
私が惹かれたフレーズは『幻』
・・・夏の日の 恋なんて 幻とわらいながら この人に賭ける
汗をかいたグラスの 冷えたジンより 光る肌のかおりが 俺を酔わせる
幻でかまわない 時間よ止まれ 命のめまいの中で・・・
思い出になる恋と 西風がわらうけれど このひとに賭ける・・・
これです。『時間よ止まれ』
コミックのもの憂い感じと彼等が幻であると、この楽曲に行き着く、関係あるようで
ないような・・・「時間」という概念を越えて存在する彼らに在るならば敬意を表して。
この楽曲を贈ります。「時間よ止まれ」と。
2008.08.27 (Wed)
ペットが毒蛇?
とんでもないニュースがありました。
『毒蛇』を51匹も自宅で飼っていてそのうちの一匹に咬まれ
自分で救急車を呼び意識不明の重態に陥っていたらしいです。
一ヶ月にも及ぶ入院生活、無事に退院したその日のうちに逮捕!
毒蛇の中でも2番目に強い毒を持ったコブラ科のトウブグリーンマンバ。
体長1m85cmうちの甥っ子と同じ身長です。
都知事の許可も受けずに飼っていた「動物愛語法」違反。
こんなものが51匹もいたなんて・・・。(毒蛇ばかり)
私は蜘蛛が死ぬほど嫌いです。恐怖の対象なんです。
家の中にこれが出たら家中大騒動、誰かに殺してもらうまで安心する事が
出来ません。(これもどうかと思うと言われています。)
勿論自分ではどうする事も出来ませんが誰かを、もし寝ているとしても
たたき起こしてでも退治してもらいます。
しかもたちの悪いことに自分の目で確認しないと納得できないんです。
ゴキブリを捕食するからとか言う意見もありますが、全て無視!
ゴキブリは私が退治します! ←きっぱり。
蛇を嫌う人は多いと思いますが私のように恐怖の対象としたら見た人は
気が狂うか(大袈裟です。)泣き叫ぶか、または逃げ出すか、でもそれと遭遇したら
きっと動けなくなってしまうでしょう。
ただ気持ちが悪いというだけなら別ですが恐怖の対象となるとそう簡単には
逃げ出す事は出来ませんから、足が竦んでしまい涙が出てきます。
恐怖で、私はそうです。(−−;)
常識で考えてもせめて一匹でしょう。
女性も咬まれていたことが判っています。
ペットを飼うのは自由ですが、毒蛇はちょっと・・・でも許可を貰うと飼えるんですね。
これまでに色々な物が捕獲されています。
ワニ、ニシキヘビ、毒ガエル、カミツキガメ、まだまだありますよね。
特にカエルは昨年日本でもツボカビ病が見つかったという事で死んだカエルを
勝手に捨てる事は出来なくなっています。
もしツボカビ病だったらそこに生息しているカエル、イモリを全滅させるおそれが
あるからです。
死んだカエルは焼却処分にするのが一番いいそうです。
日本では外来種のカブトムシが日本のカブトムシと交配してミックス種のカブトムシが
生まれて捕獲されているそうですがこれも亜熱帯化の一つの現れでしょうか?
今までは冬はそれなりに寒く成虫にはなり難かったということですが、気温も上がり
充分越冬できる環境になっているようで外来種を簡単に逃がしたり捨てたり
しないようにとなっているそうです。
しかし、逮捕された後の蛇たちはどうなるのでしょうか?
病院に行ったときに犯人(?)はハブに咬まれたと言ってたそうです。
毒の種類によって手当ての仕方も違うらしくハブに咬まれてもこんな症状ではないと
言われコブラに咬まれたと言ったそうですから。
症状もちがうんでしょうか?
蛇を見てもあまり怖いとは思いませんが気持ち悪いくらいです。
でもあまり大きいと恐怖の対象になってしまうかもしれません。
みなさんはいかがですか?
『毒蛇』を51匹も自宅で飼っていてそのうちの一匹に咬まれ
自分で救急車を呼び意識不明の重態に陥っていたらしいです。
一ヶ月にも及ぶ入院生活、無事に退院したその日のうちに逮捕!
毒蛇の中でも2番目に強い毒を持ったコブラ科のトウブグリーンマンバ。
体長1m85cmうちの甥っ子と同じ身長です。
都知事の許可も受けずに飼っていた「動物愛語法」違反。
こんなものが51匹もいたなんて・・・。(毒蛇ばかり)
私は蜘蛛が死ぬほど嫌いです。恐怖の対象なんです。
家の中にこれが出たら家中大騒動、誰かに殺してもらうまで安心する事が
出来ません。(これもどうかと思うと言われています。)
勿論自分ではどうする事も出来ませんが誰かを、もし寝ているとしても
たたき起こしてでも退治してもらいます。
しかもたちの悪いことに自分の目で確認しないと納得できないんです。
ゴキブリを捕食するからとか言う意見もありますが、全て無視!
ゴキブリは私が退治します! ←きっぱり。
蛇を嫌う人は多いと思いますが私のように恐怖の対象としたら見た人は
気が狂うか(大袈裟です。)泣き叫ぶか、または逃げ出すか、でもそれと遭遇したら
きっと動けなくなってしまうでしょう。
ただ気持ちが悪いというだけなら別ですが恐怖の対象となるとそう簡単には
逃げ出す事は出来ませんから、足が竦んでしまい涙が出てきます。
恐怖で、私はそうです。(−−;)
常識で考えてもせめて一匹でしょう。
女性も咬まれていたことが判っています。
ペットを飼うのは自由ですが、毒蛇はちょっと・・・でも許可を貰うと飼えるんですね。
これまでに色々な物が捕獲されています。
ワニ、ニシキヘビ、毒ガエル、カミツキガメ、まだまだありますよね。
特にカエルは昨年日本でもツボカビ病が見つかったという事で死んだカエルを
勝手に捨てる事は出来なくなっています。
もしツボカビ病だったらそこに生息しているカエル、イモリを全滅させるおそれが
あるからです。
死んだカエルは焼却処分にするのが一番いいそうです。
日本では外来種のカブトムシが日本のカブトムシと交配してミックス種のカブトムシが
生まれて捕獲されているそうですがこれも亜熱帯化の一つの現れでしょうか?
今までは冬はそれなりに寒く成虫にはなり難かったということですが、気温も上がり
充分越冬できる環境になっているようで外来種を簡単に逃がしたり捨てたり
しないようにとなっているそうです。
しかし、逮捕された後の蛇たちはどうなるのでしょうか?
病院に行ったときに犯人(?)はハブに咬まれたと言ってたそうです。
毒の種類によって手当ての仕方も違うらしくハブに咬まれてもこんな症状ではないと
言われコブラに咬まれたと言ったそうですから。
症状もちがうんでしょうか?
蛇を見てもあまり怖いとは思いませんが気持ち悪いくらいです。
でもあまり大きいと恐怖の対象になってしまうかもしれません。
みなさんはいかがですか?
2008.08.25 (Mon)
好きなもの〜♪
11人いる!と言うコミックをご存知ですか?
1994年に単行本になっているようです。
ググって見ました。wikiより
漫画雑誌「別冊少女コミック」1975年9月号から11月号に連載された。
第21回小学館漫画賞受賞。
宇宙大学の入試最終テストの試験会場、外部との接触を絶たれた宇宙船を舞台に、
宇宙のさまざまな国からやって来た11人の受験生が、疑心暗鬼のなかで
反目しつつ、友情と恋を培うさまを描く。
発表当時の少女漫画では稀な、本格的なSFだと衝撃を与えた。
緻密な設定と魅力的な登場人物、緊張感のある構成は完成度が高く、これ以降の多くの
漫画が参考にしているほど影響力も高い。
また「11人いる!」という題名も評価が高い。
続編に『続・11人いる! 東の地平・西の永遠』、番外編に『スペース ストリート』がある。
またテレビドラマ・映画・舞台にもなっている。
作家は萩尾 望都(萩尾 もと)さんです。
10人一組で53日間宇宙船の中で過ごし迎えが来るその日まで色々な出来事に
遭遇しそれぞれが力を合わせて乗り切るというストーリーですが、宇宙船に
それぞれが辿り着き全員が「11人いる!」と言うところから物語が始まる。
これが卒業の為のテストであり、一人でも脱落者が出ると全員失格となる。
いざと言うときの為に非常ボタンがある、これが唯一連絡を取る方法であり
またそれを押すと全てが失格となる。
そしてまた改めて次の年度から卒業試験にむかわなければならない。
発表されてからなんと35年の歳月が流れているのにも驚かされています。
今発表されたと言っても何の遜色もなくレベルの高さが伺われます。
思うのですが大概色んな人たちが出てくるシチュエーションで必ずと言って
いいほど関西弁の登場人物がいますがこれはなんなんでしょうね。
関西弁って宇宙人?そんな事はないと思うのですが、何故東北とか沖縄の
言葉ではないんでしょうか?
それだけ親しみやすいという事で納得する事にします。(笑)
個性が強いのかなー・・・。
映画にもなっているんですね。
かなり古いので中古しかないだろうなと思いながらブックオフで調べました。
ついでにAmazonも。
なんとAmazonには新しいのがあったんです。
ブックオフは中古品しか(あたりまえです!)なかったのに新品であったので
『ポーの一族』も合わせて注文しました。
『11人いる!』は今年の1月に38回目の『ポーの一族』は2月に24回目の
発行になっているんです。いかに人気のある本であるかと言うのも頷けます。
興味のある方はTSUTAYAなどのレンタルコミックでご覧になって下さい。
本ってほんと〜に面白いものですね。(o´・∀・`o)ニコッ♪
1994年に単行本になっているようです。
ググって見ました。wikiより
漫画雑誌「別冊少女コミック」1975年9月号から11月号に連載された。
第21回小学館漫画賞受賞。
宇宙大学の入試最終テストの試験会場、外部との接触を絶たれた宇宙船を舞台に、
宇宙のさまざまな国からやって来た11人の受験生が、疑心暗鬼のなかで
反目しつつ、友情と恋を培うさまを描く。
発表当時の少女漫画では稀な、本格的なSFだと衝撃を与えた。
緻密な設定と魅力的な登場人物、緊張感のある構成は完成度が高く、これ以降の多くの
漫画が参考にしているほど影響力も高い。
また「11人いる!」という題名も評価が高い。
続編に『続・11人いる! 東の地平・西の永遠』、番外編に『スペース ストリート』がある。
またテレビドラマ・映画・舞台にもなっている。
作家は萩尾 望都(萩尾 もと)さんです。
10人一組で53日間宇宙船の中で過ごし迎えが来るその日まで色々な出来事に
遭遇しそれぞれが力を合わせて乗り切るというストーリーですが、宇宙船に
それぞれが辿り着き全員が「11人いる!」と言うところから物語が始まる。
これが卒業の為のテストであり、一人でも脱落者が出ると全員失格となる。
いざと言うときの為に非常ボタンがある、これが唯一連絡を取る方法であり
またそれを押すと全てが失格となる。
そしてまた改めて次の年度から卒業試験にむかわなければならない。
発表されてからなんと35年の歳月が流れているのにも驚かされています。
今発表されたと言っても何の遜色もなくレベルの高さが伺われます。
思うのですが大概色んな人たちが出てくるシチュエーションで必ずと言って
いいほど関西弁の登場人物がいますがこれはなんなんでしょうね。
関西弁って宇宙人?そんな事はないと思うのですが、何故東北とか沖縄の
言葉ではないんでしょうか?
それだけ親しみやすいという事で納得する事にします。(笑)
個性が強いのかなー・・・。
映画にもなっているんですね。
かなり古いので中古しかないだろうなと思いながらブックオフで調べました。
ついでにAmazonも。
なんとAmazonには新しいのがあったんです。
ブックオフは中古品しか(あたりまえです!)なかったのに新品であったので
『ポーの一族』も合わせて注文しました。
『11人いる!』は今年の1月に38回目の『ポーの一族』は2月に24回目の
発行になっているんです。いかに人気のある本であるかと言うのも頷けます。
興味のある方はTSUTAYAなどのレンタルコミックでご覧になって下さい。
本ってほんと〜に面白いものですね。(o´・∀・`o)ニコッ♪
2008.08.23 (Sat)
地蔵盆
今日は地蔵盆でした。
当然早くから当番だから掃除の案内が来ていたはずなのに見落としていたと言うか
見ないようにしていたのか・・・お隣が声をかけてくれなかったら
知らん振りをするところでした。
誘ってもらえたので助かりました。(^o^)v
※ 長い夏休みも終わりにさしかかった頃に、最大で最後のイベント「地蔵盆」が
各地域で行われます。地蔵盆とは,町内のお地蔵さんをおまつりし、
子どもたちのすこやかな成長を願う催しで毎年8月23、24日当たりに開かれます。
地蔵盆は京都生まれで、近畿地方の行事として古くから行われてきました。
また、北陸地方や新潟、信州では長野市周辺で盛んに行われていますが、
東海や関東には、ほとんどないそうです。
なぜ関東には定着しなかったのでしょうか。それは地蔵信仰の歴史のちがいに
よるもののようです。京都では室町時代に地蔵盆が大流行しましたが、東京では
江戸時代になって、やっとお地蔵さんが作られたのです。
その上、江戸ではお稲荷お地蔵さんは民間の信仰の神様ですが、仏教に
属する地蔵菩薩です。
この地蔵菩薩はお釈迦様が入滅してから未来仏の弥勒菩薩がこの世に現れるまで、
人間界のみにあらず地獄・飢餓・修羅・畜生・天といった六道すべてに
おもむき、人々を救済しました。
平安時代以降に阿弥陀信仰と結びつき、地蔵信仰が民間に広がり、道祖神と同じように
村を守る役割も果たすようになります。
そして、地獄の鬼から子供を救うとして子供の守護神ともなり、現在にいたっています。
地蔵盆の主役は、子どもたちです。
京都では、各町内ごと地蔵尊の前に屋台を組んで花や餅などの供物をそなえ、
お菓子を食べながらゲームなどの遊び、福引きなどが行われます。
※ 地蔵盆より転載しました。
このあたりでは子供が生まれると提灯を作ります。
その子の名前を書いてもらいお地蔵さんのところに飾り付けます。
でも最近は提灯も数少なく我々のときのようにさお竹の追加をすることも
無くなっています。
色々な物をお地蔵さんの前にお供えしてお経が終わるとお菓子などを子供達に配ります。
今まではこの日に盆踊りなどをしていたのですが最近では行われていません。
地区のお年寄り(観音講)がでてお地蔵さんの前で観音経を唱えます。
ここには三つのお地蔵さんがありますが一体だけ向いている方向が
違うらしいのです。
何故なのかは知りませんがそのお地蔵さんのところに行くのには他所のお宅の庭を
通らなくてはいけません。
そのお地蔵さんは夜尿症を直してくれるそうで私たちはあまり知らなかったのですが
別の地域からわざわざこのお地蔵さんにお参りに来られる事もあって、それでこの
お地蔵さんを知ることが出来ました。
地元のお婆さんに聞いたら「ここに住んでてそんな事も知らないなんて」って
言われたことを覚えています。
私が聴いたこの人は地元の生き字引といわれていた人でした。
何でもズケズケと物を言う人でしたが何故か気に入られていました。
因みにうちの甥っ子が中々おねしょが直らなくてやはりこっそりと
お参りしたそうです。地元なのできっと恥ずかしかったのでしょうね。
結構お参りする人が多いらしいです。(地元でも)
勿論、おねしょは直りました。(^o^)v
児童公園に提灯が張り巡らされていたのでもしかしたらまた盆踊りが
行われているのかも知れません。
でも今日は雨が降っています。中止になったのかも・・・。
それともカラオケ大会でも行われているのでしょうか?
当然早くから当番だから掃除の案内が来ていたはずなのに見落としていたと言うか
見ないようにしていたのか・・・お隣が声をかけてくれなかったら
知らん振りをするところでした。
誘ってもらえたので助かりました。(^o^)v
※ 長い夏休みも終わりにさしかかった頃に、最大で最後のイベント「地蔵盆」が
各地域で行われます。地蔵盆とは,町内のお地蔵さんをおまつりし、
子どもたちのすこやかな成長を願う催しで毎年8月23、24日当たりに開かれます。
地蔵盆は京都生まれで、近畿地方の行事として古くから行われてきました。
また、北陸地方や新潟、信州では長野市周辺で盛んに行われていますが、
東海や関東には、ほとんどないそうです。
なぜ関東には定着しなかったのでしょうか。それは地蔵信仰の歴史のちがいに
よるもののようです。京都では室町時代に地蔵盆が大流行しましたが、東京では
江戸時代になって、やっとお地蔵さんが作られたのです。
その上、江戸ではお稲荷お地蔵さんは民間の信仰の神様ですが、仏教に
属する地蔵菩薩です。
この地蔵菩薩はお釈迦様が入滅してから未来仏の弥勒菩薩がこの世に現れるまで、
人間界のみにあらず地獄・飢餓・修羅・畜生・天といった六道すべてに
おもむき、人々を救済しました。
平安時代以降に阿弥陀信仰と結びつき、地蔵信仰が民間に広がり、道祖神と同じように
村を守る役割も果たすようになります。
そして、地獄の鬼から子供を救うとして子供の守護神ともなり、現在にいたっています。
地蔵盆の主役は、子どもたちです。
京都では、各町内ごと地蔵尊の前に屋台を組んで花や餅などの供物をそなえ、
お菓子を食べながらゲームなどの遊び、福引きなどが行われます。
※ 地蔵盆より転載しました。
このあたりでは子供が生まれると提灯を作ります。
その子の名前を書いてもらいお地蔵さんのところに飾り付けます。
でも最近は提灯も数少なく我々のときのようにさお竹の追加をすることも
無くなっています。
色々な物をお地蔵さんの前にお供えしてお経が終わるとお菓子などを子供達に配ります。
今まではこの日に盆踊りなどをしていたのですが最近では行われていません。
地区のお年寄り(観音講)がでてお地蔵さんの前で観音経を唱えます。
ここには三つのお地蔵さんがありますが一体だけ向いている方向が
違うらしいのです。
何故なのかは知りませんがそのお地蔵さんのところに行くのには他所のお宅の庭を
通らなくてはいけません。
そのお地蔵さんは夜尿症を直してくれるそうで私たちはあまり知らなかったのですが
別の地域からわざわざこのお地蔵さんにお参りに来られる事もあって、それでこの
お地蔵さんを知ることが出来ました。
地元のお婆さんに聞いたら「ここに住んでてそんな事も知らないなんて」って
言われたことを覚えています。
私が聴いたこの人は地元の生き字引といわれていた人でした。
何でもズケズケと物を言う人でしたが何故か気に入られていました。
因みにうちの甥っ子が中々おねしょが直らなくてやはりこっそりと
お参りしたそうです。地元なのできっと恥ずかしかったのでしょうね。
結構お参りする人が多いらしいです。(地元でも)
勿論、おねしょは直りました。(^o^)v
児童公園に提灯が張り巡らされていたのでもしかしたらまた盆踊りが
行われているのかも知れません。
でも今日は雨が降っています。中止になったのかも・・・。
それともカラオケ大会でも行われているのでしょうか?
2008.08.22 (Fri)
無罪判決
医療現場の荒廃、保険制度の見直し、医師の低下、看護師不足
介護現場でも介護師の不足。
医療ミス、医療過誤、どの言葉をとっても聴き覚えがあって耳に馴染んだものばかり。
20日、福島県大野病院の産科医に対し無罪判決が出たようです。
あまり詳しくは覚えていませんが新聞、メディアによると帝王切開で出産
して全治胎盤でしかも胎盤癒着であったという事。
この全治胎盤はよくある事で産道を塞ぐ為に帝王切開になるらしいです。
しかも妊婦は胎盤癒着でこれは普通の産科医が一生のうち一回お目にかかるか
かかれないかの稀有な事案だったらしい事。
そこに妊婦との約束で子宮だけは残してほしいという事があったので
出来る限り残してあげたいという医師の努力もあったといいます。
事前に妊婦さんには手術についての危険度は充分説明されていると思うし
また、一人でその話を聞く事は無いと自分の経験上思います。
きっとご主人も聞かれていた事と思います。
妊娠して子供は何もなく生まれてくるものと言う認識がおかしいと思うのです。
常に危険と隣り合わせ、”身、二つになる”という言葉からも判る様に
一つのものを二つに分けるのですから何も無くて生まれてくる事が
どれだけ素晴らしい事か理解する必要があるでしょう。
妊娠は病気ではないし保険適用されません。
何故子宮が身体の外側についているか?
内臓より離れているのは胎児を異物と認識して色々な物が攻撃をしてくるからなんです。
退治を守り育てるのが子宮の役目。
それが無かったら生まれる事は出来ません。
進化の過程で一つ違えば亡くなってしまうこともある訳です。
どれをとっても神秘の世界です。
医者も人の子、患者を助けたいと希望を叶えたいと思うでしょう。
また妊婦さんも次をと願えば残してほしいと思うのは当たり前の事。
真実は一つなのか、どれが正しいのか私には何も言えませんが事例を見ても
かなり難しい手術であった事はわかります。
報道なので見る限りかなりの技術であったと報道されています。
遺族は真実が知りたいという気持ちもわかります。
それぞれ立場の違うものがそのときの立場で考えたならたとえ説明を
聴いたところで理解できるものかどうかも判りかねます。
医者が語る事も真実なら遺族が知りたいと願う気持ちも真実なのでしょう。
※唯一つ望む結果が違ったらそれは真実になり得ないということです。
遺族は医療ミスと認めて貰いたかったのでしょうか?
病院側は亡くなった娘さんに「ここよりももっと大きな病院へ転院する方が
設備も整っているからいいですよ。」と薦められたのを「ここでいいです。」と
言ったようなのでそれだけ信頼関係があったのではないかと思います。
医師は「また医療の現場に戻りたい。」と仰っているようです。
彼の願いが叶う事を祈り、遺族が納得できる説明をして差し上げて頂きたい
と思います。
今、海難審判並みの事故調査委員会を設置する動きが起きているようです。
医療関係は俄か仕込の知識では無理もあるでしょうし、専門家が
それぞれ検証するのが一番いいわけですから一日も早い設置が望まれます。
介護現場でも介護師の不足。
医療ミス、医療過誤、どの言葉をとっても聴き覚えがあって耳に馴染んだものばかり。
20日、福島県大野病院の産科医に対し無罪判決が出たようです。
あまり詳しくは覚えていませんが新聞、メディアによると帝王切開で出産
して全治胎盤でしかも胎盤癒着であったという事。
この全治胎盤はよくある事で産道を塞ぐ為に帝王切開になるらしいです。
しかも妊婦は胎盤癒着でこれは普通の産科医が一生のうち一回お目にかかるか
かかれないかの稀有な事案だったらしい事。
そこに妊婦との約束で子宮だけは残してほしいという事があったので
出来る限り残してあげたいという医師の努力もあったといいます。
事前に妊婦さんには手術についての危険度は充分説明されていると思うし
また、一人でその話を聞く事は無いと自分の経験上思います。
きっとご主人も聞かれていた事と思います。
妊娠して子供は何もなく生まれてくるものと言う認識がおかしいと思うのです。
常に危険と隣り合わせ、”身、二つになる”という言葉からも判る様に
一つのものを二つに分けるのですから何も無くて生まれてくる事が
どれだけ素晴らしい事か理解する必要があるでしょう。
妊娠は病気ではないし保険適用されません。
何故子宮が身体の外側についているか?
内臓より離れているのは胎児を異物と認識して色々な物が攻撃をしてくるからなんです。
退治を守り育てるのが子宮の役目。
それが無かったら生まれる事は出来ません。
進化の過程で一つ違えば亡くなってしまうこともある訳です。
どれをとっても神秘の世界です。
医者も人の子、患者を助けたいと希望を叶えたいと思うでしょう。
また妊婦さんも次をと願えば残してほしいと思うのは当たり前の事。
真実は一つなのか、どれが正しいのか私には何も言えませんが事例を見ても
かなり難しい手術であった事はわかります。
報道なので見る限りかなりの技術であったと報道されています。
遺族は真実が知りたいという気持ちもわかります。
それぞれ立場の違うものがそのときの立場で考えたならたとえ説明を
聴いたところで理解できるものかどうかも判りかねます。
医者が語る事も真実なら遺族が知りたいと願う気持ちも真実なのでしょう。
※唯一つ望む結果が違ったらそれは真実になり得ないということです。
遺族は医療ミスと認めて貰いたかったのでしょうか?
病院側は亡くなった娘さんに「ここよりももっと大きな病院へ転院する方が
設備も整っているからいいですよ。」と薦められたのを「ここでいいです。」と
言ったようなのでそれだけ信頼関係があったのではないかと思います。
医師は「また医療の現場に戻りたい。」と仰っているようです。
彼の願いが叶う事を祈り、遺族が納得できる説明をして差し上げて頂きたい
と思います。
今、海難審判並みの事故調査委員会を設置する動きが起きているようです。
医療関係は俄か仕込の知識では無理もあるでしょうし、専門家が
それぞれ検証するのが一番いいわけですから一日も早い設置が望まれます。
2008.08.19 (Tue)
ワン、ニャンのワクチンについて
ここでいきなりワクチンをうってません、といったら何の事?と
疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。
私を含めワンニャンを飼ってらっしゃる方は沢山いらっしゃると思います。
ペットショップで自宅に連れてきて少し慣れてからワクチンの接種に連れて行きますよね。
仔犬や仔猫の時は自己免疫が無いので病気から守る為に何種か混合のワクチンを
受けます。追加接種も入れて三回ほど。
翌年から毎年一回は受けます。
特に怖いのがバルボです。
この病気に罹ると嘔吐と下痢が起こります。
血便が出て脱水症、白血球の減少、肺血症、パピーの場合には心筋炎型で死に至るものです。
前に飼っていたシェパードがこれに罹りました。
ペットショップからうちに連れてきて3,4日程でした。
みるみるカサカサになり、これはおかしいと病院へ走ったのですが
「検査をしないとなんともいえませんがバルボの可能性が高いです。
この状態では万が一の事が考えられます。ある程度覚悟をしておいてください。」
と言われました。「出来るだけの事はします。」と。
何とか助けていただいたんですが、ワクチンの大切さを思いました。
この子の前から犬は飼っていましたがワクチンは必ず受けていました。
仔犬は母親から貰う抗体を2ヶ月ほどで使い切ってしまうので免疫をつけるために
このワクチンを使うのです。
これで予防することになるのですが、ふと自分の子供の事を思ったのです。
自分の子育てをしている時に検診日とワクチン接種と言う日があります。
3ヶ月検診で発達障害が見つかりました。これはまた別の機会に書きたいと思います。
三種混合とかあるわけですが人の子の場合は一回もしくは追加接種になるわけで
何年にも渡ってワクチンを打つことがないからです。
このワクチンにも合わない事があって身体に障害が出る場合もあります。
何故にワンコに毎年毎年ワクチン接種をしなければならないのか疑問に思いました。
そこで私はワクチンを打たないことを選びました。
犬と自分の子供と同じに考えるのはおかしいと思われるかもしれませんが
犬猫の薬は私たち人間と同じものそれ以上の物が使われているのです。
先ほどの子供の話になりますがそのときに受けなければいけないと思い
37度以上の熱がある場合はそれが受けられません。
いつもそれくらいの熱があり受ける事が出来ませんでした。
少し焦りがあり病院で訊ねました。
「それは罹患率が高いというより子供のうちに受けておく方が罹ったときに軽く
済むしそのときに受けなければいけないと言うことではありません。」
「万が一罹った時はその為の薬もあるし、ちゃんと対処できますので心配は
いりません。その時に受けたことによって発症する危険性もあるのです。」と
言われました。
それで安心したんですが、これが犬やネコにも言えるのではないかと思いました。
勿論罹らずに済んだらそれに越したことはありません。
最近あることでこのワクチンの副作用と言うことを知りました。
ワクチンを体内に取り入れるということはその菌を身体に入れるという事。
何度も入れる必要があるのだろうかと言う疑問でした。
ネコにいたっては毎年同じ場所に打つために運が悪かったら筋繊維肉腫という
リスクがついてきます。これはワクチンに含まれる「アジュバント」と言う成分が
問題になっているそうです。
ワクチンを打つことで返って免疫を作ることが出来なくなっているという事、
その免疫を作る為に本人(本犬、猫)がずっと抗体を攻撃し続け無ければならず本来の
自己免疫が出来にくくなるということもあるそうです。
抗体価検査を受けて最小のワクチンを受ける事が良いそうです。
どの抗体が残っているか後どれくらい残っているかで半年後、一年後とかに
ワクチン接種をする方が望ましいということです。
全然受けなくてもいいとおっしゃっていますがやはり仔犬、仔猫の場合は
受けておく方がいいとも仰っていました。しかも一回だけで充分だとも。
シェパードが罹ったバルボ、ジステンバーなどは仔犬の時期を過ぎるとある程度
自己免疫が出来るようです。
世間ではこんな意見もあるようでこれについて意見は色々あると思いますが、
そこは飼い主さんが判断される事だと思います。
疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。
私を含めワンニャンを飼ってらっしゃる方は沢山いらっしゃると思います。
ペットショップで自宅に連れてきて少し慣れてからワクチンの接種に連れて行きますよね。
仔犬や仔猫の時は自己免疫が無いので病気から守る為に何種か混合のワクチンを
受けます。追加接種も入れて三回ほど。
翌年から毎年一回は受けます。
特に怖いのがバルボです。
この病気に罹ると嘔吐と下痢が起こります。
血便が出て脱水症、白血球の減少、肺血症、パピーの場合には心筋炎型で死に至るものです。
前に飼っていたシェパードがこれに罹りました。
ペットショップからうちに連れてきて3,4日程でした。
みるみるカサカサになり、これはおかしいと病院へ走ったのですが
「検査をしないとなんともいえませんがバルボの可能性が高いです。
この状態では万が一の事が考えられます。ある程度覚悟をしておいてください。」
と言われました。「出来るだけの事はします。」と。
何とか助けていただいたんですが、ワクチンの大切さを思いました。
この子の前から犬は飼っていましたがワクチンは必ず受けていました。
仔犬は母親から貰う抗体を2ヶ月ほどで使い切ってしまうので免疫をつけるために
このワクチンを使うのです。
これで予防することになるのですが、ふと自分の子供の事を思ったのです。
自分の子育てをしている時に検診日とワクチン接種と言う日があります。
3ヶ月検診で発達障害が見つかりました。これはまた別の機会に書きたいと思います。
三種混合とかあるわけですが人の子の場合は一回もしくは追加接種になるわけで
何年にも渡ってワクチンを打つことがないからです。
このワクチンにも合わない事があって身体に障害が出る場合もあります。
何故にワンコに毎年毎年ワクチン接種をしなければならないのか疑問に思いました。
そこで私はワクチンを打たないことを選びました。
犬と自分の子供と同じに考えるのはおかしいと思われるかもしれませんが
犬猫の薬は私たち人間と同じものそれ以上の物が使われているのです。
先ほどの子供の話になりますがそのときに受けなければいけないと思い
37度以上の熱がある場合はそれが受けられません。
いつもそれくらいの熱があり受ける事が出来ませんでした。
少し焦りがあり病院で訊ねました。
「それは罹患率が高いというより子供のうちに受けておく方が罹ったときに軽く
済むしそのときに受けなければいけないと言うことではありません。」
「万が一罹った時はその為の薬もあるし、ちゃんと対処できますので心配は
いりません。その時に受けたことによって発症する危険性もあるのです。」と
言われました。
それで安心したんですが、これが犬やネコにも言えるのではないかと思いました。
勿論罹らずに済んだらそれに越したことはありません。
最近あることでこのワクチンの副作用と言うことを知りました。
ワクチンを体内に取り入れるということはその菌を身体に入れるという事。
何度も入れる必要があるのだろうかと言う疑問でした。
ネコにいたっては毎年同じ場所に打つために運が悪かったら筋繊維肉腫という
リスクがついてきます。これはワクチンに含まれる「アジュバント」と言う成分が
問題になっているそうです。
ワクチンを打つことで返って免疫を作ることが出来なくなっているという事、
その免疫を作る為に本人(本犬、猫)がずっと抗体を攻撃し続け無ければならず本来の
自己免疫が出来にくくなるということもあるそうです。
抗体価検査を受けて最小のワクチンを受ける事が良いそうです。
どの抗体が残っているか後どれくらい残っているかで半年後、一年後とかに
ワクチン接種をする方が望ましいということです。
全然受けなくてもいいとおっしゃっていますがやはり仔犬、仔猫の場合は
受けておく方がいいとも仰っていました。しかも一回だけで充分だとも。
シェパードが罹ったバルボ、ジステンバーなどは仔犬の時期を過ぎるとある程度
自己免疫が出来るようです。
世間ではこんな意見もあるようでこれについて意見は色々あると思いますが、
そこは飼い主さんが判断される事だと思います。
2008.08.18 (Mon)
花たちのひとりごと
もし、そこにいてもあなたが気がついてくれないなら
私はそこで待っている意味がない
少し季節は違うけどひとめ会いたいと思い来てみました。
一人では淋しくて今度は二人で訊ねてきました。

顔を上げる勇気が無くてうつむいている私です。
ひときわの赤で見てもらいたいと思ってみたものの
赤になることは出来なかった。
前もこの色で見てもらったように思います。
季節が「未だ早いよ。」と言ってくれたのですが待ちきれなくて・・・。
シクラメンがまた咲いてくれました。
今度は二つ。この種類は二回ほど咲く種類なんでしょうか?
私には分かりませんが調べてもいません。
それでも咲いてくれるのが嬉しくて・・・。
サンパラソル、うちの新しい花です。
あなたに日陰をあげようと思ったのにあまりにも小さくて届けることが
出来ない。
それでも私を見てほしいと、少し拗ねて横を向いてしまう。
気がついてくれたでしょうか?

私がいつも待っていることを。
赤い色なら私も負けないわ!とカランコエの声がする。
明るい陽射しの中じゃなくてもほら!
ひかりを透かしてこんなにきれい。
私はそこで待っている意味がない

少し季節は違うけどひとめ会いたいと思い来てみました。
一人では淋しくて今度は二人で訊ねてきました。

顔を上げる勇気が無くてうつむいている私です。
ひときわの赤で見てもらいたいと思ってみたものの
赤になることは出来なかった。
前もこの色で見てもらったように思います。
季節が「未だ早いよ。」と言ってくれたのですが待ちきれなくて・・・。
シクラメンがまた咲いてくれました。
今度は二つ。この種類は二回ほど咲く種類なんでしょうか?
私には分かりませんが調べてもいません。
それでも咲いてくれるのが嬉しくて・・・。
サンパラソル、うちの新しい花です。

あなたに日陰をあげようと思ったのにあまりにも小さくて届けることが
出来ない。
それでも私を見てほしいと、少し拗ねて横を向いてしまう。
気がついてくれたでしょうか?

私がいつも待っていることを。
赤い色なら私も負けないわ!とカランコエの声がする。

明るい陽射しの中じゃなくてもほら!

ひかりを透かしてこんなにきれい。
2008.08.14 (Thu)
オニヤンマ
盂蘭盆会(お盆)ですね。
宗派によって色々お祭りの仕方はあるのでしょうがうちはお茶を淹れます。
冷めないうちにと言うのが基本ですが、うちでは一時間くらいで入れ換えます。
これを寝るまで繰り返します。
三日間溜めて置いて仏さんをお寺に送り届けるまで続けます。
「亡くなった人はお盆になるとトンボに乗って帰ってくる。」と義母が言ってました。
満一歳で亡くした息子は次の年に大きなオニヤンマに乗って帰ってきました。
(私が勝手に思っているだけかもしれません)
裏の戸を開け放して網戸にしていたのですがいつの間に入ってきたのか
一匹のオニヤンマが家の中を飛び回っていました。
義母の言葉を思い出して見ていました。
それは様子を見るように玄関に行き、息子達の部屋の中を覗き
犬達のところに行って暫らく羽を休めるように止まっている。
ケージの上に天板を置いていたので犬達は気がついていません。
今度は応接間をゆっくりと回りながら次の部屋に入ってゆく。
手前の和室を通り仏間に入っていくと電気のコードに止まってじっとしていました。
それから仏間を抜けてお風呂の方へ行きます。
そして台所に入ってくると床すれすれに飛んで食器棚のところに行って
棚になったたところに暫らく止まっていました。
それからおもむろに飛び立つと息子達の部屋に行って、来たところから外に出て行きました。
あけた網戸から出て行って、台所に立っている私に外からガラス窓に何度か
身体をぶつけて帰ってきたからねと言わんばかりに。
私は逝った息子の名前を呼びながら外に出ました。
物干し竿に止まって待つようにしていたかと思うと私の頭を掠めるように
飛んでいきました。「帰ってきたよ。」と言っていたんだと思います。
それから毎年オニヤンマはやって来ました。お盆になると必ず。
一度網戸に絡まって死んでいたことがありました。
思わず涙が溢れ止まりませんでした。
網戸がずれていてとんぼに気がつかず閉めてしまったのでしょう。
逃げるところもないままに閉じ込められてしまったんだと思いました。
季節は8月やはりお盆の頃でした。
ヤンマを取り出してとなりの田んぼのあぜにそっと置いてあげました。
埋めると自由に空を飛ぶことが出来ないだろうと思ったのです。
年に一度は必ず見ます。あ、帰ってきたんだと思っています。
ただ一度だけ違うことがあったんです。
家を建て直す事になりました。
10月になるとこの家を取り壊すことになります。
季節はずれになるのかどうかは分かりませんが、オニヤンマが現れて懐かしむように
戸や窓が外された家の中を飛んでいました。
物がなくなった部屋の中を改めるように懐かしむように・・・。
気がつくともう姿はありませんでした。
この年は二度、姿を見ることが出来ました。
家が無くなる前にもう一度見ておこうと義母と一緒に来たのかしら?と。
翌年家が出来て引渡しが済みました。
ここに5月に入居しました。
未だトンボの季節には少し早い梅雨開け頃にオニヤンマは姿を見せて家の周りを
回って飛んで行きました。
古い家と違ってどこも開いているところはありません。
開いているところはお風呂の窓だけ・・・入るならそこしかありません。
今でもこの時期になると一度だけ姿を見せてくれます。
でも前のように家の中に入ってくることはありません。
お盆がくるからとお供え物を買いに行こうと外にでたら、物干し竿の上に
止まっていました。
「あ、ヤンマがいる・・・。」と玄関を開けてその姿を認めるとスッと離れて
空に向かって飛んで行ってしまいました。
毎年お盆になるととんぼに乗って帰ってくる息子と義母、今年は義父も加わって
玄関先まで訪ねてくれた。
義母はこの家を知らない、義父は知っていてもここには一度しか来たことがない。
どこも開いていないからきっと入りにくいのか、ヤンマに乗せてもらって
お盆になるときっとここへ帰ってきているに違いないと思っています。
このときにだけしかオニヤンマを見ることはありません。
しかもお盆の時にたった一回だけ。
宗派によって色々お祭りの仕方はあるのでしょうがうちはお茶を淹れます。
冷めないうちにと言うのが基本ですが、うちでは一時間くらいで入れ換えます。
これを寝るまで繰り返します。
三日間溜めて置いて仏さんをお寺に送り届けるまで続けます。
「亡くなった人はお盆になるとトンボに乗って帰ってくる。」と義母が言ってました。
満一歳で亡くした息子は次の年に大きなオニヤンマに乗って帰ってきました。
(私が勝手に思っているだけかもしれません)
裏の戸を開け放して網戸にしていたのですがいつの間に入ってきたのか
一匹のオニヤンマが家の中を飛び回っていました。
義母の言葉を思い出して見ていました。
それは様子を見るように玄関に行き、息子達の部屋の中を覗き
犬達のところに行って暫らく羽を休めるように止まっている。
ケージの上に天板を置いていたので犬達は気がついていません。
今度は応接間をゆっくりと回りながら次の部屋に入ってゆく。
手前の和室を通り仏間に入っていくと電気のコードに止まってじっとしていました。
それから仏間を抜けてお風呂の方へ行きます。
そして台所に入ってくると床すれすれに飛んで食器棚のところに行って
棚になったたところに暫らく止まっていました。
それからおもむろに飛び立つと息子達の部屋に行って、来たところから外に出て行きました。
あけた網戸から出て行って、台所に立っている私に外からガラス窓に何度か
身体をぶつけて帰ってきたからねと言わんばかりに。
私は逝った息子の名前を呼びながら外に出ました。
物干し竿に止まって待つようにしていたかと思うと私の頭を掠めるように
飛んでいきました。「帰ってきたよ。」と言っていたんだと思います。
それから毎年オニヤンマはやって来ました。お盆になると必ず。
一度網戸に絡まって死んでいたことがありました。
思わず涙が溢れ止まりませんでした。
網戸がずれていてとんぼに気がつかず閉めてしまったのでしょう。
逃げるところもないままに閉じ込められてしまったんだと思いました。
季節は8月やはりお盆の頃でした。
ヤンマを取り出してとなりの田んぼのあぜにそっと置いてあげました。
埋めると自由に空を飛ぶことが出来ないだろうと思ったのです。
年に一度は必ず見ます。あ、帰ってきたんだと思っています。
ただ一度だけ違うことがあったんです。
家を建て直す事になりました。
10月になるとこの家を取り壊すことになります。
季節はずれになるのかどうかは分かりませんが、オニヤンマが現れて懐かしむように
戸や窓が外された家の中を飛んでいました。
物がなくなった部屋の中を改めるように懐かしむように・・・。
気がつくともう姿はありませんでした。
この年は二度、姿を見ることが出来ました。
家が無くなる前にもう一度見ておこうと義母と一緒に来たのかしら?と。
翌年家が出来て引渡しが済みました。
ここに5月に入居しました。
未だトンボの季節には少し早い梅雨開け頃にオニヤンマは姿を見せて家の周りを
回って飛んで行きました。
古い家と違ってどこも開いているところはありません。
開いているところはお風呂の窓だけ・・・入るならそこしかありません。
今でもこの時期になると一度だけ姿を見せてくれます。
でも前のように家の中に入ってくることはありません。
お盆がくるからとお供え物を買いに行こうと外にでたら、物干し竿の上に
止まっていました。
「あ、ヤンマがいる・・・。」と玄関を開けてその姿を認めるとスッと離れて
空に向かって飛んで行ってしまいました。
毎年お盆になるととんぼに乗って帰ってくる息子と義母、今年は義父も加わって
玄関先まで訪ねてくれた。
義母はこの家を知らない、義父は知っていてもここには一度しか来たことがない。
どこも開いていないからきっと入りにくいのか、ヤンマに乗せてもらって
お盆になるときっとここへ帰ってきているに違いないと思っています。
このときにだけしかオニヤンマを見ることはありません。
しかもお盆の時にたった一回だけ。
2008.08.11 (Mon)
何かを始めなくては。
何となくですけど最近は真剣に農業をしようかな?と考えています。
他所に勤めに行く年齢でもないし、雇ってくれるところもないし
それよりも何か出来ることはないかなどと考えています。
食糧危機も気になりますし(大袈裟な)そんなことはないのですが
このまま他所に行っても長く働くことは出来ないので自分のところでなら
何時間かかってもいいんじゃないか、その気になれば死ぬまで出来るわけで
身体がいう事を聞いてくれるかどうかの問題もありますが。
このまま朽ち果てるわけにもいかず・・・悩むところではあります。
最近はカメラも持ち出すこともなく、私同様定位置で待機しています。
あんまり可哀相なので家の枝垂れ朝顔を撮ってみました。
こんなに長くなっています。

名前も知らない熱帯の花。(多分)
花びらに見えるのが一つの花になっています。
枯れると云うより腐ってくる感じなのであまり好きではありません。
真上から撮ってみました。


ハイビスカスが半分黄色の葉っぱ、花はかくれんぼ。何となく撮りました。
今年はサルスベリを撮っていませんでしたがこれも花のない時期。
いい感じには撮れませんでしたが縦なのか横なのか・・・横です。

拡大したら少しはマシに見えます。
他所に勤めに行く年齢でもないし、雇ってくれるところもないし
それよりも何か出来ることはないかなどと考えています。
食糧危機も気になりますし(大袈裟な)そんなことはないのですが
このまま他所に行っても長く働くことは出来ないので自分のところでなら
何時間かかってもいいんじゃないか、その気になれば死ぬまで出来るわけで
身体がいう事を聞いてくれるかどうかの問題もありますが。
このまま朽ち果てるわけにもいかず・・・悩むところではあります。
最近はカメラも持ち出すこともなく、私同様定位置で待機しています。
あんまり可哀相なので家の枝垂れ朝顔を撮ってみました。

こんなに長くなっています。

名前も知らない熱帯の花。(多分)
花びらに見えるのが一つの花になっています。
枯れると云うより腐ってくる感じなのであまり好きではありません。
真上から撮ってみました。


ハイビスカスが半分黄色の葉っぱ、花はかくれんぼ。何となく撮りました。
今年はサルスベリを撮っていませんでしたがこれも花のない時期。
いい感じには撮れませんでしたが縦なのか横なのか・・・横です。

拡大したら少しはマシに見えます。
2008.08.08 (Fri)
クーラーが壊れて
クーラーが故障して修理を頼むことになりました。
いつも私が連絡を取ったりするのですがたまには家長にしてもらうことに。
そこは義父のお手伝いをしてくれていた人のお嬢さんが嫁入りしたところ。
私より面識があるので頼んでもらいやすいと考えました。
一週間たってもなしのつぶて・・・聞くと連絡していないとか。
まったくもう!
お盆になると人が来るというのに、しかもお参りもあるし暑いところでは
申し訳ないし。
このクーラーが故障している時に、次男が私のパソコンを手作りしている時、
父さんに頼んでいるから来て貰える筈なんだけど・・・それがこの体たらく。
身内の一周忌があるのでお供えを託に義妹の家に。
そこでクーラーの修理も頼んでくれないんだからとぼやいたらその場で連絡を取ってくれて
ひとしきり話し込んで家に帰り着くなり電気屋さんが来てくれました。
あの死にそうになるくらい暑い中扇風機を回して汗びっしょりになってPCを
組みつけてくれました。 ←ごめんね。
電源を入れて様子を見ると「おそらく基盤だと思うのでメーカーに手配します。」と。
次の日早速メーカーから修理に来てくれました。
買った年数を聞かれ、立て替えてまだ5年も経っていないと思うんだけど・・・。
普通そこに何年住んでいるか分かると思うのですが場所が同じなため年数を聞かれると
「?」になってしまうんです。
でその人は型番を見て「あ、4年ですね。基盤の保障期間は一年です。修理も色々あって
万が一コンプレッサーがイカレてるって事もあるので5年になってないから大丈夫です。」
先日と同じ手順で見て行き「やはり基盤のようですね。」と言って外へ。
室外機は動いてないことは伝えてあったので色々作業をして中へ入ってこられました。
意外なことに「コンプレッサーが回っていません、基盤を取り替えて一瞬動いたように
見えたんですがやり直しても駄目でした。これからコンプレッサーを発注して
明日もう一度伺います。」見ている前で手配をして帰っていかれました。
次の日朝早くといっても9時過ぎに部品だけが先に届きお昼前に同じ人が
修理に来て下さいました。悪いことは重なるもので今まで電気製品は修理を
したことがないんです。
いつでも古くなって買い換えると言うことが多かったのです。
ところがなんとこのクーラーはこれだけではすまなかったのです。
室外機をバラしてコンプレッサーを付け替え改めてスイッチオン。
「あれっ?」冷たい風にならない・・・息子が何か言ってるので部屋に言って見ると
今度はファンが回らないって・・・ほんとになんてこったい!
まるで直る気全然なしっ!
修理の人が入ってきて「こんなこともあろうかとファンを持って来ていたんですよ。」と
オー・マイ・ガッ!!
なんということでしょう!匠は気がつかないところでちゃんと仕掛けを
作っていてくれたんです。 ←ビフォー・アフター風(知ってる人にしかわかりませんが)
「長い事この仕事をしているとまさか!と言うことがあります。新しい基盤を
取り付けたのに、悪い品物があったことがあって又やり直したと言うこともあって
万が一の為にファンも持って来ていたんです。無駄足を踏むのも嫌ですしね。」
「第一お客様も今日直ると思ってらっしゃるから一日で済ませたいので。」と
笑ってらっしゃいました。「これを使うことはないと思っていたんですけどね。」
「いつもなら二人で行動してどちらかが外で見るんですが、一人だからちょっと
手際が悪くなってしまって、もしかしたらこのファンが悪かったのかもしれませんね。」
私はこの人に拍手喝采です。
いつも私が連絡を取ったりするのですがたまには家長にしてもらうことに。
そこは義父のお手伝いをしてくれていた人のお嬢さんが嫁入りしたところ。
私より面識があるので頼んでもらいやすいと考えました。
一週間たってもなしのつぶて・・・聞くと連絡していないとか。
まったくもう!
お盆になると人が来るというのに、しかもお参りもあるし暑いところでは
申し訳ないし。
このクーラーが故障している時に、次男が私のパソコンを手作りしている時、
父さんに頼んでいるから来て貰える筈なんだけど・・・それがこの体たらく。
身内の一周忌があるのでお供えを託に義妹の家に。
そこでクーラーの修理も頼んでくれないんだからとぼやいたらその場で連絡を取ってくれて
ひとしきり話し込んで家に帰り着くなり電気屋さんが来てくれました。
あの死にそうになるくらい暑い中扇風機を回して汗びっしょりになってPCを
組みつけてくれました。 ←ごめんね。
電源を入れて様子を見ると「おそらく基盤だと思うのでメーカーに手配します。」と。
次の日早速メーカーから修理に来てくれました。
買った年数を聞かれ、立て替えてまだ5年も経っていないと思うんだけど・・・。
普通そこに何年住んでいるか分かると思うのですが場所が同じなため年数を聞かれると
「?」になってしまうんです。
でその人は型番を見て「あ、4年ですね。基盤の保障期間は一年です。修理も色々あって
万が一コンプレッサーがイカレてるって事もあるので5年になってないから大丈夫です。」
先日と同じ手順で見て行き「やはり基盤のようですね。」と言って外へ。
室外機は動いてないことは伝えてあったので色々作業をして中へ入ってこられました。
意外なことに「コンプレッサーが回っていません、基盤を取り替えて一瞬動いたように
見えたんですがやり直しても駄目でした。これからコンプレッサーを発注して
明日もう一度伺います。」見ている前で手配をして帰っていかれました。
次の日朝早くといっても9時過ぎに部品だけが先に届きお昼前に同じ人が
修理に来て下さいました。悪いことは重なるもので今まで電気製品は修理を
したことがないんです。
いつでも古くなって買い換えると言うことが多かったのです。
ところがなんとこのクーラーはこれだけではすまなかったのです。
室外機をバラしてコンプレッサーを付け替え改めてスイッチオン。
「あれっ?」冷たい風にならない・・・息子が何か言ってるので部屋に言って見ると
今度はファンが回らないって・・・ほんとになんてこったい!
まるで直る気全然なしっ!
修理の人が入ってきて「こんなこともあろうかとファンを持って来ていたんですよ。」と
オー・マイ・ガッ!!
なんということでしょう!匠は気がつかないところでちゃんと仕掛けを
作っていてくれたんです。 ←ビフォー・アフター風(知ってる人にしかわかりませんが)
「長い事この仕事をしているとまさか!と言うことがあります。新しい基盤を
取り付けたのに、悪い品物があったことがあって又やり直したと言うこともあって
万が一の為にファンも持って来ていたんです。無駄足を踏むのも嫌ですしね。」
「第一お客様も今日直ると思ってらっしゃるから一日で済ませたいので。」と
笑ってらっしゃいました。「これを使うことはないと思っていたんですけどね。」
「いつもなら二人で行動してどちらかが外で見るんですが、一人だからちょっと
手際が悪くなってしまって、もしかしたらこのファンが悪かったのかもしれませんね。」
私はこの人に拍手喝采です。
2008.08.06 (Wed)
8月6日は
毎日どこかで鉄砲水で誰かが亡くなっています。
昨日も東京で排水管の取替え工事の方達がいきなりの水量に巻き込まれ
お亡くなりになりました。
急な雨、それが流れ混み一気に増える水かさ。
これも温暖化、亜熱帯化の現象だとか・・・。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
おりしも今日は原爆記念日。
63年前に広島に原子爆弾が投下された8月6日は原爆記念日として
広島で平和式典が開かれています。
8月9日には長崎にも・・・。
最近は原爆記念日といえどニュースでもあまり取り上げられなくなっていると
いいます。
8時15分には黙祷をすると云うことも広島市で行われる平和式典でしか
お目にかかることはないらしい。
広島ではこの日は小、中学校の”登校日”になり、8時15分の黙祷と
1〜2時限の平和授業が行われており、この時期には平和について
考える習慣が出来ているということです。
9日は長崎に落とされています。
私の母の又従兄弟になる人が長崎で呉服屋さんをしてらっしゃったんです。
(今は知りません。)
その方も被爆されたんですが障子の後ろにいて命拾いをされたそうです。
和紙で貼られた障子、和紙には何かそんなものを吸収する力があるのでしょうか?
蔵の白壁には亡くなられた方の人型がくっきりと残っていたそうです。
そのなかでその方は助かったそうです。
直射日光などには当ることは出来なかったそうですが私が
物心つくころその話を聞きました。
それから10代の後半にお会いする機会がありましたがいつも
日陰の中でしか動けないと仰っていました。
青白い顔をしてらっしゃっていつも着物を着てらして日傘を
離すことが出来ないと聞きました。
被爆された方に会ったのはその方が初めてでした。
少しずつ時代は変わっていきます。
63年も経つと人の心もあったことも全て過去のものになり
忘れられてしまうのでしょうか?
せめてこの日8時15分には国中の人が犠牲になった人たちへ心よりの
黙祷を捧げてもいいのではないでしょうか?
昨日も東京で排水管の取替え工事の方達がいきなりの水量に巻き込まれ
お亡くなりになりました。
急な雨、それが流れ混み一気に増える水かさ。
これも温暖化、亜熱帯化の現象だとか・・・。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
おりしも今日は原爆記念日。
63年前に広島に原子爆弾が投下された8月6日は原爆記念日として
広島で平和式典が開かれています。
8月9日には長崎にも・・・。
最近は原爆記念日といえどニュースでもあまり取り上げられなくなっていると
いいます。
8時15分には黙祷をすると云うことも広島市で行われる平和式典でしか
お目にかかることはないらしい。
広島ではこの日は小、中学校の”登校日”になり、8時15分の黙祷と
1〜2時限の平和授業が行われており、この時期には平和について
考える習慣が出来ているということです。
9日は長崎に落とされています。
私の母の又従兄弟になる人が長崎で呉服屋さんをしてらっしゃったんです。
(今は知りません。)
その方も被爆されたんですが障子の後ろにいて命拾いをされたそうです。
和紙で貼られた障子、和紙には何かそんなものを吸収する力があるのでしょうか?
蔵の白壁には亡くなられた方の人型がくっきりと残っていたそうです。
そのなかでその方は助かったそうです。
直射日光などには当ることは出来なかったそうですが私が
物心つくころその話を聞きました。
それから10代の後半にお会いする機会がありましたがいつも
日陰の中でしか動けないと仰っていました。
青白い顔をしてらっしゃっていつも着物を着てらして日傘を
離すことが出来ないと聞きました。
被爆された方に会ったのはその方が初めてでした。
少しずつ時代は変わっていきます。
63年も経つと人の心もあったことも全て過去のものになり
忘れられてしまうのでしょうか?
せめてこの日8時15分には国中の人が犠牲になった人たちへ心よりの
黙祷を捧げてもいいのではないでしょうか?
テーマ : 思ったこと・感じたこと - ジャンル : 日記
2008.08.04 (Mon)
一日の事
今日はジーナをつれて病院へ行ってきました。
やっぱり手術をしなければならないようです。
でも今すぐと言うわけでもないから慌てる必要もないですから。
いまだと抜糸がお盆にかかるし、こちらももしかしてその頃に用事でも入ると
述語のケアに差し支えても困るのでお盆が過ぎてからと言うことになりました。
膿胞が大きいのでちょっと大きく切るかもしれませんがって事です。
一泊になるそうで又食べ物に困りそうです。
前に入院した時も「病院食を食べないので家のフードを持って来てください。」と
連絡がありササミをボイルしてカリカリと一緒にもって行きました。
たった一日だし麻酔を使うから夜ご飯はいらないだろうけど朝は病院のご飯を
食べてくれるかどうか気になりますが、まだ先の事。
今頃から要らぬ心配はしないことですね。
話は変わりますが・・・。
うちの俄かお百姓はみんなお爺ちゃんに言われてしていたから
自分しようと思ってするのといわれてするのとでは全然違うとぼやいております。
話を聞いていて思うのは誰もするわけじゃないのに植物は
自分がしなければならない事をちゃんと分かっていると云う事。
これだけ暑い日が続くとスイカもメロンも音を上げていることがわかります。
トマトも大きくなることを止めて身を守っています。
コクのある甘いトマトになっていて何時ものトマトよりも小さいけれど
深みのある味になっています。私のトマトは病気で全滅状態、今年ほど
甘いトマトを食べたことがありません。
葉を捲いて暑さに耐えかねているトマトにかわいそうにと水を遣りました。
一気に葉は勢いを取り戻し実は弾けてしまい、味が落ちてしまいました。
感心するのはプリンスメロンです。
葉や蔓に囲まれてどこにあるのか分かりにくいので葉や蔓の上に見えるように
出していても次の日に採りに行くと全部のメロンが元のように覆われて
見えなくなっているといいます。
熟れると隠されていることであの白い肌になるそうです。
無理に外に出していると黄色くなってしまうというから植物は我々が
思うよりはるかに優れた能力を持っているんだと思います。
どうやってあんな風に出しているものを隠すのか分からないんだと言っております。
これも不思議のひとつになるんでしょうか?
植物の持つ種の保存は種になるまで続いていくんですね。
誰にも教わることはないのに・・・俄かお百姓さんたちは言われてそれを
するだけだっただから理由付けをしていないからわからない、でもメロンや
スイカたちは自分達でちゃんと身を守っていく術を知っていることになるんでしょうね。
これは褒めてあげなくてはいけませんね。
褒める事で余計に美味しいメロンになってくれると思います。
おじいちゃんが残していった直売のお店に「スーパーで買ったらあんなに甘いメロンは
ないからわざわざここまで買いに来てるんだから止めずにちゃんと続けて。」と
言われるそうです。
私にしたらそれよりもっとしなくちゃいけないことがあるだろうに・・・と思うのですが
本職は今全然仕事がありません。
やっぱりこれをしなくちゃいけないのかしら?
世の中景気悪すぎです。・゜・(PД`q。)・゜・
やっぱり手術をしなければならないようです。
でも今すぐと言うわけでもないから慌てる必要もないですから。
いまだと抜糸がお盆にかかるし、こちらももしかしてその頃に用事でも入ると
述語のケアに差し支えても困るのでお盆が過ぎてからと言うことになりました。
膿胞が大きいのでちょっと大きく切るかもしれませんがって事です。
一泊になるそうで又食べ物に困りそうです。
前に入院した時も「病院食を食べないので家のフードを持って来てください。」と
連絡がありササミをボイルしてカリカリと一緒にもって行きました。
たった一日だし麻酔を使うから夜ご飯はいらないだろうけど朝は病院のご飯を
食べてくれるかどうか気になりますが、まだ先の事。
今頃から要らぬ心配はしないことですね。
話は変わりますが・・・。
うちの俄かお百姓はみんなお爺ちゃんに言われてしていたから
自分しようと思ってするのといわれてするのとでは全然違うとぼやいております。
話を聞いていて思うのは誰もするわけじゃないのに植物は
自分がしなければならない事をちゃんと分かっていると云う事。
これだけ暑い日が続くとスイカもメロンも音を上げていることがわかります。
トマトも大きくなることを止めて身を守っています。
コクのある甘いトマトになっていて何時ものトマトよりも小さいけれど
深みのある味になっています。私のトマトは病気で全滅状態、今年ほど
甘いトマトを食べたことがありません。
葉を捲いて暑さに耐えかねているトマトにかわいそうにと水を遣りました。
一気に葉は勢いを取り戻し実は弾けてしまい、味が落ちてしまいました。
感心するのはプリンスメロンです。
葉や蔓に囲まれてどこにあるのか分かりにくいので葉や蔓の上に見えるように
出していても次の日に採りに行くと全部のメロンが元のように覆われて
見えなくなっているといいます。
熟れると隠されていることであの白い肌になるそうです。
無理に外に出していると黄色くなってしまうというから植物は我々が
思うよりはるかに優れた能力を持っているんだと思います。
どうやってあんな風に出しているものを隠すのか分からないんだと言っております。
これも不思議のひとつになるんでしょうか?
植物の持つ種の保存は種になるまで続いていくんですね。
誰にも教わることはないのに・・・俄かお百姓さんたちは言われてそれを
するだけだっただから理由付けをしていないからわからない、でもメロンや
スイカたちは自分達でちゃんと身を守っていく術を知っていることになるんでしょうね。
これは褒めてあげなくてはいけませんね。
褒める事で余計に美味しいメロンになってくれると思います。
おじいちゃんが残していった直売のお店に「スーパーで買ったらあんなに甘いメロンは
ないからわざわざここまで買いに来てるんだから止めずにちゃんと続けて。」と
言われるそうです。
私にしたらそれよりもっとしなくちゃいけないことがあるだろうに・・・と思うのですが
本職は今全然仕事がありません。
やっぱりこれをしなくちゃいけないのかしら?
世の中景気悪すぎです。・゜・(PД`q。)・゜・
2008.08.01 (Fri)
花火の・・・。
8月1日 私が住む街の宗教団体の花火芸術の日です。
少しだけ・・・幼い頃に戻ってみました。
闇の中に大きな音と共に光の輪が広がる。
周りは親戚の談笑する声が聞こえる。
朝早くからスイカやメロンをを冷やすために近くの製氷会社に砕氷を
買いに行かされる。
自転車の後ろにバケツを載せて海岸通りを駆け抜けていく。
家からさほど遠くないところにそれはあって隣に水産会社があり漁船用に
海の方にもコンベアが向けられるようにしてある。
父がこの水産会社に勤めていたこともあり、ここの冷蔵庫の中でも
よく遊んだものでした。
港からすぐ横に漁業市場があってそれなりに栄えていました。
何がしかのお金を払ってバケツに氷を入れてもらう。
何回か往復をして二つの水槽を満たさなければならないのです。
それを持ち帰り流しの横にある水槽に氷を入れて水を張る。
よく冷えるように塩を貰って入れかき混ぜると大人がそこに大きな
スイカを何個か入れる、キンショウメロン、まだ他にも入れたと思うけれど
思い出せない。飲み物もあったと思います。
この日はリヤカーを引いていつも野菜や果物を持って来てくれる小母ちゃんが
「頼まれ物」と前もって注文していた物を届けてくれる。
朝から広い台所は大賑わい、いつも私たち兄妹の面倒を見てくれるおばあさんも
台所に入り内弟子さんや、お手伝いさん、近くの親戚も来てなにやら作っている。
子供は邪魔と追われて外に行ったり邪魔にならない家の中で過ごす。
夕方近くになると遠くの親戚達が訪ねてきていっぺんに賑やかになる。
従兄弟達も顔を出して子供達の騒々しさと大人達の話し声が家中に響く。
それぞれが二階の母の仕事場に食べ物を運んでいく。
遠くでまた大きな音がして一瞬夢の世界が広がる。
久しぶりに会う親戚同士で話しが盛り上がり子供達は縁日に出掛ける。
お小遣いをもらい、思い思いの店で好きなものを買い私は金魚すくいに夢中になる。
何度遣っても一匹もすくう事が出来ずもう一度家に戻って小遣いをねだる。
家から5分も離れていないところに沢山の夜店が出ている。
出て行くときは必ず誰か大人の人がついて来ていた。「まっちゃん」と呼ばれていた
母の内弟子さんかお手伝いさんだったか忘れてしまいましたがいつも一緒でした。
遊び疲れて家に入ると大きな音と共に歓声が上がる。
仕事場は今日の港祭りの花火大会に集まる親戚に開放されるために
全ての物が取り払われていて長いテーブルの上には沢山の食べ物が
置かれている。
父のひざの上に乗ってしばし花火の見物。
色とりどりの光芒の中で楽しそうに笑う両親の顔。
親戚のたまにもれる言葉もそれぞれの耳には入らない。
一つ一つ打ち上げられる花火に歓声を上げながら批評家になり、今年の花火は
等という話をしていた。
子供心に永遠にこの生活は続く物と思っていた。
でもそれは小学校の高学年になる頃に露と消えてしまった。
天国から地獄への道すがらでもありました。
私は何故か夏休みになると母方の田舎へ行かされていた。
毎年当り前のように出かけていてこの港祭りの時に戻ってきていたように思う。
夏休みはほとんど自宅で過ごした思い出がない。
夏休みの思い出は母の田舎の事ばかりでした。
花火の玉は真っ直ぐに登っていく。大きな音と共に四方に飛び散る。
そこから飛散してまた、広がってゆく。
親戚にも両親の顔にも花火の色が映ってまだら模様を描いていく。
顔に映る陰影も色がついて、一夜限りの幻を見るように浮かんでは消え
消えては浮かぶ。
灯台の向こうに海の中で花火は打ち上げられる。火の粉が降り注いでいる。
煌きながら落ちて行く、赤い輪の中に青い光が黄色の光が広がって
幾重にも重なり息を呑んで見詰める。
とりどりの色。茜に染まる空。
一瞬の闇、地響きのような音と共に海は明るさを増し滝のような光の流れが現れる、
激しく流れ落ちるような仕掛け花火、人々の顔を黄金色に染めて
宴は終わりを告げる。
花火ということで懐かしい思い出を書いてみました。
幼い頃の懐かしいひと時でした。
少しだけ・・・幼い頃に戻ってみました。
闇の中に大きな音と共に光の輪が広がる。
周りは親戚の談笑する声が聞こえる。
朝早くからスイカやメロンをを冷やすために近くの製氷会社に砕氷を
買いに行かされる。
自転車の後ろにバケツを載せて海岸通りを駆け抜けていく。
家からさほど遠くないところにそれはあって隣に水産会社があり漁船用に
海の方にもコンベアが向けられるようにしてある。
父がこの水産会社に勤めていたこともあり、ここの冷蔵庫の中でも
よく遊んだものでした。
港からすぐ横に漁業市場があってそれなりに栄えていました。
何がしかのお金を払ってバケツに氷を入れてもらう。
何回か往復をして二つの水槽を満たさなければならないのです。
それを持ち帰り流しの横にある水槽に氷を入れて水を張る。
よく冷えるように塩を貰って入れかき混ぜると大人がそこに大きな
スイカを何個か入れる、キンショウメロン、まだ他にも入れたと思うけれど
思い出せない。飲み物もあったと思います。
この日はリヤカーを引いていつも野菜や果物を持って来てくれる小母ちゃんが
「頼まれ物」と前もって注文していた物を届けてくれる。
朝から広い台所は大賑わい、いつも私たち兄妹の面倒を見てくれるおばあさんも
台所に入り内弟子さんや、お手伝いさん、近くの親戚も来てなにやら作っている。
子供は邪魔と追われて外に行ったり邪魔にならない家の中で過ごす。
夕方近くになると遠くの親戚達が訪ねてきていっぺんに賑やかになる。
従兄弟達も顔を出して子供達の騒々しさと大人達の話し声が家中に響く。
それぞれが二階の母の仕事場に食べ物を運んでいく。
遠くでまた大きな音がして一瞬夢の世界が広がる。
久しぶりに会う親戚同士で話しが盛り上がり子供達は縁日に出掛ける。
お小遣いをもらい、思い思いの店で好きなものを買い私は金魚すくいに夢中になる。
何度遣っても一匹もすくう事が出来ずもう一度家に戻って小遣いをねだる。
家から5分も離れていないところに沢山の夜店が出ている。
出て行くときは必ず誰か大人の人がついて来ていた。「まっちゃん」と呼ばれていた
母の内弟子さんかお手伝いさんだったか忘れてしまいましたがいつも一緒でした。
遊び疲れて家に入ると大きな音と共に歓声が上がる。
仕事場は今日の港祭りの花火大会に集まる親戚に開放されるために
全ての物が取り払われていて長いテーブルの上には沢山の食べ物が
置かれている。
父のひざの上に乗ってしばし花火の見物。
色とりどりの光芒の中で楽しそうに笑う両親の顔。
親戚のたまにもれる言葉もそれぞれの耳には入らない。
一つ一つ打ち上げられる花火に歓声を上げながら批評家になり、今年の花火は
等という話をしていた。
子供心に永遠にこの生活は続く物と思っていた。
でもそれは小学校の高学年になる頃に露と消えてしまった。
天国から地獄への道すがらでもありました。
私は何故か夏休みになると母方の田舎へ行かされていた。
毎年当り前のように出かけていてこの港祭りの時に戻ってきていたように思う。
夏休みはほとんど自宅で過ごした思い出がない。
夏休みの思い出は母の田舎の事ばかりでした。
花火の玉は真っ直ぐに登っていく。大きな音と共に四方に飛び散る。
そこから飛散してまた、広がってゆく。
親戚にも両親の顔にも花火の色が映ってまだら模様を描いていく。
顔に映る陰影も色がついて、一夜限りの幻を見るように浮かんでは消え
消えては浮かぶ。
灯台の向こうに海の中で花火は打ち上げられる。火の粉が降り注いでいる。
煌きながら落ちて行く、赤い輪の中に青い光が黄色の光が広がって
幾重にも重なり息を呑んで見詰める。
とりどりの色。茜に染まる空。
一瞬の闇、地響きのような音と共に海は明るさを増し滝のような光の流れが現れる、
激しく流れ落ちるような仕掛け花火、人々の顔を黄金色に染めて
宴は終わりを告げる。
花火ということで懐かしい思い出を書いてみました。
幼い頃の懐かしいひと時でした。
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