13年前・・・。

昨日は阪神大震災からまる13年。
今でもあの当時の事は覚えています。

まだ子供が小さく子供部屋には布団タンスが置いてあって
二段ベッドに寝ていました。

雷のような音で激しく揺すられていて動く事すら出来ませんでした。
私たちの部屋にはかなり重いスピーカーがどんと置いてありました。
20キロくらいはあると思います。
それが上下したんです。

物が上下に動くその事が信じられません。その後に激しい横揺れ・・・。
ベッドから飛び起きて子供の部屋に行こうとしたのですが、
激しく揺られて立つこともできません。

這うようにして部屋を出て行ったのですが立ち上がり駆け出しました。
子供部屋では布団を頭から被って二人縮こまっていました。
布団ダンスの上からの落下物はなく、(お返しの頂き物が山のように積んでありました。)
そのままにしているように言ってあちこち見て回りました。

落ち着いたのでお茶の間に出てくるように言いテレビをつけてもそのニュースは
なかなか流れませんでした。
肝心のNHKがかなりの被害を受けていたのでそれも無理からぬ事。
ニュースが流れるまでそんなに時間はかからなかったと思いますが
はっきりとした記憶がありません。

地震の強度について何度か訂正が入ったと思います。
確か震度計がそれ以上の震度を示す事が出来なかったので
震度6で記録されたとか聞きました。
震度計が壊れたとも聞きました。
実際は震度7強だったと思います。

うちのお風呂が駄目になりました。
ニュースで見る限りかなり悲惨な状態であったことを思い出します。
その当時今勤めている会社が被災地の方々に
お弁当の差し入れをしたことを入社後に知りました。
フル回転でお弁当をつくったそうです。

作っても作っても足りなくておにぎりやらサンドイッチなどかなりの量を作ったそうです。

新聞配達の男性が前日が休みでバイクで神戸にツーリングに行ったそうです。
当日仕事があるのでそのまま帰って仕事に入って配達していたら山が真っ赤に染まって
今までにあんな色は見た事がないと言ってました。
変な形の雲、空を見ると神戸方面の空の色は口では表現できなくて
恐怖すら感じたと言ってました。
「あれがもしかしたら地震の前触れだったかも・・・」と。

その数日前から色々な現象があったそうです。
朝早くには縁がなかったので気づきませんでしたが今ならわかったかもしれません。

あれからもう13年。

何もかもが変わってしまい何もかもが前と変わらない生活が戻っています。
10年一昔といいますが、思い返しても恐怖はありません。
でもあの悲惨さは思い出す事さえ嫌な記憶です。

あれだけの地震であったにも拘らず関東方面ではニュースとして
そんなに何度も報道されなかったそうです。
こちらでは24時間ずっと流れていたように思いましたが今はその記憶も
定かではありません。
ただ後で知った事なんですが関西で地震があったのは知ってる、
でもそんなにひどいとは思わなかった。
ひどい被害が出たのならニュースで何度もやるでしょうと言った声を聞きました。

これもローカルなんでしょうね。
他のところなどで起きた地震や災害も何度も見ていますが
その地域の人たちは私達が見たように
何度も流れているのかな他のところにはあまり流れていないのかもと
穿った見方もしてしまいます。

6434人の犠牲になった人のために同じ数のろうそくに
鎮魂の灯がともされました。合掌(-人-)

この運動も資金難のため開催が危ぶまれたそうですが地元の高校生らの
募金活動で存続にこぎつけたそうです。

色々な形で記憶は生き続けて行くものと思います。
私達に出来るせめてもの事。
お隣近所の人と顔を合わせたら挨拶をして顔見知りになっておく事。
それだけでも違うと思います。

なにかあったら遠くの親戚より近くの他人と言いますもの。
お互いに助け合っていかなければいけませんから・・・。
何もない事を祈りながら・・・。
テーマ: 地震 -  ジャンル: ライフ
by シェイドオブペール  at 15:00 |  未分類 |  comment (9)  |  trackback (0)  |  page top ↑