2007/07/18
嵐が去って
14日に更新して仕事に行きました。近畿上陸という事を受けて帰り大変だろうなと
思い、駐車場の水はけの悪さを思いながら職場へ向かいました。
その日、義父の下へお見舞いに行くのが少し間が開いていると思い行ってきました。
私の顔を見るなり「何時までや?」と聞かれ戸惑いました。
何のこと?と思い聞きなおすとまた「何時までや」と。今日は仕事だからそんなに長くは居ないよ。
帰って食事の支度もしなくちゃいけないし・・・出てきた言葉はそれだけ、返事はなし。
少ししたら在らぬことを口走り・・・この時に悟りました。
お迎えが来ているのかも知れないと。
仕事に行ったら普段汚くしているところを片付ける為に休みを取らなければと思って居ました。
病院でも台風の話が出てなんだかんだと過ぎた被害の事を話していました。
通勤途中ふと頭の中をよぎったことがありました。
きっと何もかも終わるんではないかと。
仕事に入るとそのこともすっかり忘れて帰りの時間に台風に襲われるんではないかと
いう話で持ちきりでした。休憩時間が予定以上に早くなり、これでますます出会うことになるね等と
冗談交じりに話していました。そのとき頭の中で「違う」とはっきり聞こえてきたのです。
あまりにもはっきりと聞こえたので辺りを見渡しました。当然誰も居ません。
周りは見知った顔ばかりでそんなことを言う人はいません。
気になりながら誰の声かもわからず、そのまま仕事を続けていました。
あと一時間ほどで終わるという時に社員と係長、それと他の人が近づいてきて私を取り囲み
耳元で「早く帰ってください、息子さんが迎えに来ています。お義父さんが亡くなられたそうです」と
社員が手に持っているものを取って「変わりますから」とその場から押しのけられました。
「息子さんが玄関で待ってるはずだから守衛室によってください」
という声に追い出される形で離れました。
まさかこの日になるなんて・・・あの声の主は義父?
カードを通して長〜い廊下を通って三階の更衣室へ
1時40分に息を引き取ったそうです。
病院では看護師さんたちが「お爺ちゃんが台風を持っていってくれましたね」と言ってたそうです。
それから怒涛の三日間が過ぎました。私は夜勤なので当然寝ていません。
お葬式当日が友引に当たるために一日ずらそうと言うことになり
葬儀屋さんに連絡を取り17日を確保できるかどうか尋ねてもらったり、また連休中に済ますほうが
隣組の手伝いに支障が出ないからとか色々状況は変わります。
結論は友引でもかまわないから連休中に済まそうという事で、それぞれ帰っていきました。
それから普段手抜き掃除の所を綺麗にすべく大掃除。
近所の評議委員に連絡を取りに行くべく外に出るも、時間的に早いかもと思いなおし
家に戻り続きの掃除をしながら時間待ち。
前日の事を色々と思い返しながら繋がってゆく事象を改めて感じました。
義父に付いていてくれた人が「あの子(うちの長男)に車椅子に乗せてもらって散歩がしたい」と言ってて他の人に連れて行ってもらったのですが、どうしても上の子に連れて行ってほしかったとみえて
見舞いに行ったときに「明日車椅子に乗せて連れて行ってくれと頼んでくれよ」と帰り際に呼び止めてそういってました。
次の日にその願いは叶えたわけですがそれから一度も言わなかったそうです。
「皆に何だかんだといってもあの子が一番気になる子でかわいかったんだろうね」と言ってました。
助からないと言われ命拾いをして4年前にまた同じ手術をした息子に
特別な思いがあったのは事実です。
あの子が二十歳になって成人式を迎えた時にどうしても車を買ってやりたいと言い、
自分で稼いだお金で買わしたら良いと言うのに是非にと買い与えたことからして、跡取りの長男であり、また大きな手術をしたことで不憫に思っていたのでしょう。
色々な事がありましたが全て終わりました。
私とのいざこざも帰ってこれない理由ももう全て過去のものとなりました。
それもまた思い出として残ることになるのでしょう。
決して良い思い出ではない筈ですが、いつかきっとこれがあったから
今があると思うことになるとは思います。
長い間有難うございましたと言っておきましょう。
お義父さん長い間お世話になりました。
お義母さんと睦まじくそちらで暮らしてください。
必ず私もそちらに参ります。そのときは宜しく!
どうぞ何もかも忘れてゆっくりお休みください。
痛みもなく苦しみもなく心残り、名残もなくただ無心に眠られることをお祈りいたします。
長い間お疲れ様でした。(-人-)合掌
思い、駐車場の水はけの悪さを思いながら職場へ向かいました。
その日、義父の下へお見舞いに行くのが少し間が開いていると思い行ってきました。
私の顔を見るなり「何時までや?」と聞かれ戸惑いました。
何のこと?と思い聞きなおすとまた「何時までや」と。今日は仕事だからそんなに長くは居ないよ。
帰って食事の支度もしなくちゃいけないし・・・出てきた言葉はそれだけ、返事はなし。
少ししたら在らぬことを口走り・・・この時に悟りました。
お迎えが来ているのかも知れないと。
仕事に行ったら普段汚くしているところを片付ける為に休みを取らなければと思って居ました。
病院でも台風の話が出てなんだかんだと過ぎた被害の事を話していました。
通勤途中ふと頭の中をよぎったことがありました。
きっと何もかも終わるんではないかと。
仕事に入るとそのこともすっかり忘れて帰りの時間に台風に襲われるんではないかと
いう話で持ちきりでした。休憩時間が予定以上に早くなり、これでますます出会うことになるね等と
冗談交じりに話していました。そのとき頭の中で「違う」とはっきり聞こえてきたのです。
あまりにもはっきりと聞こえたので辺りを見渡しました。当然誰も居ません。
周りは見知った顔ばかりでそんなことを言う人はいません。
気になりながら誰の声かもわからず、そのまま仕事を続けていました。
あと一時間ほどで終わるという時に社員と係長、それと他の人が近づいてきて私を取り囲み
耳元で「早く帰ってください、息子さんが迎えに来ています。お義父さんが亡くなられたそうです」と
社員が手に持っているものを取って「変わりますから」とその場から押しのけられました。
「息子さんが玄関で待ってるはずだから守衛室によってください」
という声に追い出される形で離れました。
まさかこの日になるなんて・・・あの声の主は義父?
カードを通して長〜い廊下を通って三階の更衣室へ
1時40分に息を引き取ったそうです。
病院では看護師さんたちが「お爺ちゃんが台風を持っていってくれましたね」と言ってたそうです。
それから怒涛の三日間が過ぎました。私は夜勤なので当然寝ていません。
お葬式当日が友引に当たるために一日ずらそうと言うことになり
葬儀屋さんに連絡を取り17日を確保できるかどうか尋ねてもらったり、また連休中に済ますほうが
隣組の手伝いに支障が出ないからとか色々状況は変わります。
結論は友引でもかまわないから連休中に済まそうという事で、それぞれ帰っていきました。
それから普段手抜き掃除の所を綺麗にすべく大掃除。
近所の評議委員に連絡を取りに行くべく外に出るも、時間的に早いかもと思いなおし
家に戻り続きの掃除をしながら時間待ち。
前日の事を色々と思い返しながら繋がってゆく事象を改めて感じました。
義父に付いていてくれた人が「あの子(うちの長男)に車椅子に乗せてもらって散歩がしたい」と言ってて他の人に連れて行ってもらったのですが、どうしても上の子に連れて行ってほしかったとみえて
見舞いに行ったときに「明日車椅子に乗せて連れて行ってくれと頼んでくれよ」と帰り際に呼び止めてそういってました。
次の日にその願いは叶えたわけですがそれから一度も言わなかったそうです。
「皆に何だかんだといってもあの子が一番気になる子でかわいかったんだろうね」と言ってました。
助からないと言われ命拾いをして4年前にまた同じ手術をした息子に
特別な思いがあったのは事実です。
あの子が二十歳になって成人式を迎えた時にどうしても車を買ってやりたいと言い、
自分で稼いだお金で買わしたら良いと言うのに是非にと買い与えたことからして、跡取りの長男であり、また大きな手術をしたことで不憫に思っていたのでしょう。
色々な事がありましたが全て終わりました。
私とのいざこざも帰ってこれない理由ももう全て過去のものとなりました。
それもまた思い出として残ることになるのでしょう。
決して良い思い出ではない筈ですが、いつかきっとこれがあったから
今があると思うことになるとは思います。
長い間有難うございましたと言っておきましょう。
お義父さん長い間お世話になりました。
お義母さんと睦まじくそちらで暮らしてください。
必ず私もそちらに参ります。そのときは宜しく!
どうぞ何もかも忘れてゆっくりお休みください。
痛みもなく苦しみもなく心残り、名残もなくただ無心に眠られることをお祈りいたします。
長い間お疲れ様でした。(-人-)合掌

