続いての別れ

我が家にシェルティと別のところに野良のミースケがいます。
いますというよりいましたというべきでしょうか。

義父が亡くなる少し前から姿を見せず心配していました。
行くと早くエサをくれといわんばかりに物置まで先導して
戸の前に座りニャーと一声。
フードの袋を持って入れ物に移すまで
待てないといわんばかりに足に身体をこすりつけ鳴きます。

義父の具合が悪くなった辺りから姿を見せず
ボールの中はフードの残りが・・・
違う野良猫が来て綺麗にたべています。
 
あいつは絶対に綺麗に食べられないんです。
ふちに必ず残していくらいっても駄目でした。

でもいつ帰ってもいいようにボールにはフードを入れておきます
姿が見えなくなって同時に義父の容態も悪化して行き
気にしつつもそのままに

義父の葬儀も済んでミースケの散歩コースを辿ってみるも跡形無し
気にしつつも気紛れ猫だからと・・・
いつ帰ってきてもいいようにフードをボールに

びわの木があります。
そこあたりまで行くと下の養鶏場の匂いがあがってきます
それにしても少し違う匂い。
気になってそこ辺一体を探してみるとミースケの変わり果てた姿がありました。

彼に一番最初に出会った場所。びわの木の下。
何ともいえない思いが込み上げてきました。
義父が連れて行ったのか、それともミースケが迎えに来たのか
聞くわけにも行かず彼の姿が目に浮かびます。

きっと車にでもはねられたのかもしれません。
そしてびわの木の下まで帰ってきて息耐えたのでしょう。
ガレージの屋根裏は彼の住処でした。

もうそこには主の姿はありません。

     ミースケに合掌。南無

テーマ: 野良猫(地域猫) -  ジャンル: ペット
by シェイドオブペール  at 15:08 |  未分類 |  comment (6)  |  trackback (0)  |  page top ↑

休みも今日まで

色々とあって休んでいますがそれも今日で終わりです。
明日からまた仕事が始まります。

しかも月曜日で一番忙しい日。泣きそうです。
私を含め長欠の人が多いんです。だから人がいない・・・

忙しくてもここには人を入れませんって宣言されてます。
売り上げが無いからとか私たちが悪いわけではないのに何故か無視されてます。
ほかのラインが羨ましい。ほかのラインは人を入れてもらえたのにぃ
ま、ぼやいても仕方がないことなんですが。

私が休みの時は定年で何故か夜勤に入ってきた人がある程度の時間まで
残らされるそうです。
その人曰く「あんたが休みだと私が4時過ぎまで残る時があるから早く出ておいでや」
その人は定年になったことで給料が下がります。その分時給が少なくなります
夜勤になるとその分くらいは夜勤の手当で少しはましになるのですが
問題は時間です。その人の出勤時間は午後6時から2時まで。

私が休むと早くても4時くらいまで残ります。
あと二時間頑張ったら12時間いられるのにといつも言うんですが
怒られます。今回はもっと酷いでしょう。
他にも休みの人がいるから出勤日は全部お残りでしょう。 
聞いてみないと・・・すごい古株さんです。

わりと怖い人なんですが私は平気です。何故か大丈夫なんですよー。
自分でもおかしいなと思うんですけどわりと平気でいやなことでも頼めるんです。
あいつと並ぶとまたもめるから間に入ってとか、これ出来ないから取ってとか
ほかの人は気を遣って頼み事なんてしないんですが私は平気で頼むんです。

怖がられている存在なんですけど・・・もっと気を使わないといけないのかしら?

ため口ですし、はっきりと口にする人なので余計に煙たがられているのかもしれません。
私も人のことは言えませんけど何でもはっきりものを言うのできっと嫌われているんだと思います
ありがたいことに意外と本人は気が付いてないというかあつかましいと言うか
そんなものですよね。因みに私はお弁当をつくっています。

金にならない米飯ラインです。たまに眠くて居眠りもします。そんなときには両隣に声をかけます。
「ごめん眠たいからちょっとだけ寝るから、変な事したら起こしてね」って。
これは冗談ではありません。ほんとのことです。ほんの少し寝るだけでもちがいますから(笑)

こんな調子で仕事をやっています。なれた仕事ですのでなんてことはないのですが
最近は眠くて仕方がありません。もう歳なんでしょうかねー。
身体も言うことを聞いてくれなくなっています。

そんなこんなで明日から頑張ります。
テーマ: 働くということ -  ジャンル: 就職・お仕事
by シェイドオブペール  at 00:40 |  未分類 |  comment (15)  |  trackback (0)  |  page top ↑

初七日

初七日はこの辺りでも告別式当日に行われます。
当事者はなかなか思うようにいかずまた考えもつきません。
そのために隣組はありがたいものです。それがきちんと機能すればなのですが

実はこんな事がありました。
粗七日といって初七日を遠方や仕事を持って中々参列できない人の為に
勿論当家も含めて改めてと言うと大変なことから当日にそれを行うところが多くなっています。
この辺りでは勿論宗派によってお寺さんが七日を行うところもありますが
ここは執り行っていただけないところだったんです。 

私の思い込みでお寺に頼むとやってもらえると思っていて
粗七日の念仏を観音講に頼みませんでした
お寺はちゃんとした七日にお参りをするので粗七日というのはしないということでした。
後手後手に回り簡単に焼香だけという形になってしまいました。

反省点はお寺さんのお参りが無いために簡略化しているので必ず観音講を頼むという事。
それでも七日にお寺さんがお参りをするということは二度にわたって
七日を勤めるという事になるので疑問も残るのですが・・・慣わしとして善しとしましょうか。

まだまだあるんです。
葬儀も終盤を迎え骨あげのときにいつ納骨をするのかということです。
うちも今まで色々取り仕切っていた本人が亡くなっているので、
抜けがあっても、落ちがあっても気が付きません。
隣組で何度も経験しているはずなんですが、それぞれが違うパートを
受け持っているために全体がわかりません。

女性組みは食事の支度です。
通夜当日の親戚や家族の食事や、来てくださる方のお茶菓子飲み物
その他のこまごましたものを準備します。

若い男性人は帳場に入る者、力仕事をする者、駐車場係などなど
雑用をこなす人などに分かれてしまうのでこれまた全体を把握できる者がいません。
そこで伊達に年を取っているわけではなく全体を見るお年寄り世話人
とやらのお出ましになるわけですが
うちの組にはそれらの人がすでにいらっしゃらないのです。

一人暮らしになられ遠く離れた家族の元へ行かれたり、また亡くなられた方も。
昨日今日会社にはいった新入社員のような方とか、中間管理職のような方達で
これから管理職になるような方達ばかり管理職も居なければ重鎮もいません。

会社で言えば立ち上げたばかりのという感じでしょうか。
抜けがあって当たり前、落ちがあって当たり前、難なくこなすにはまだまだ未熟、
少しずつ運営が上手くなっていく過程にあるわけです。

そんな中墓標が無かったんです。

お墓があるから要らないのかなとか、親戚身内がちゃんとしてくれるんだろう
とか何とか言ってるうちにお開き。
早く納骨に行けという事で私だけが墓標の事を気にしつつ、
家に帰り祭る準備をしなければならないので自宅へ
葬儀社から諸々のものが届き準備完了。

台風を持っていったお爺ちゃん、納骨までの時間は持たなかったのか
全員雨に祟られて退散、帰ってきました。
次の日出直すということになりました。

翌日隣組の代表の人が来て墓標が無かったんだけど何処が
用意するのかわからんかったから要るものかどうかそっちで聞いてみてくれ
ということでお寺に連絡。墓標のことなんですが要るものでしょうか?
持ってきてなかったから書いてないけど要るものですよ。
家では要るんだったら分かっているんだから墓標が来てないとか、
何とか言ってくれたら良いのにとぼやき倒し

今まではそれなりの人が居たので何も考えずに全てが終わっていたのですが、皆経験しているはずなのに分からないんですよね。
葬儀社に電話をして墓標をお寺に運んでもらい戒名を書き込んでもらって初七日に墓地へ

納骨と墓標を立てる為に下見に行ったところ
何も考えずにいつもお参りしているので改めて見ると場所が無い。
こうしてすったもんだしているうちに七日を向かえお寺さんがお参りに、
読経が済んで実はこうこうでと話すとそれなら別に墓標じゃなくても卒塔婆の
大きいのでも作ってそれに書くほうが良かったの云々。

とりあえず皆でお墓にお参りしそれから考えようという事になりぞろぞろとお墓に。
七日の席でお寺さんが言うには「4寸角だったので書きにくいし重たかった」という話を思い出し余計に場所が要ると思って行ってみると確かに場所が無い。

後ろに回っても横にもない。拝み付けの前と通り道のところくらいしか・・・
じっと見ていると子供のお墓の前と義母のお墓の横が開いている
そんなに上手く掘る事ができるかしらと疑念を持ちつつも尋ねてみると
筍堀のスコップを持ってきたとのこと、
筍堀のベテランだからじゃ上手くいくと掘ってもらい、何気にぴったり治まりました。

やれやれです。

無事に墓標を立て納骨を済ませ人並みに出来た事が嬉しくて全員ホット安堵の吐息。

義父が亡くなってから一週間、落ち着くことが出来ました。
あの雨を降らせたのもきっと義父の思いやりだったのかもしれません
残ったものが世間に対して逆さごとと恥をかかないために雨を降らせ、
その日の納骨を見送らせたのでは思っています。

初七日の席で三、七日を済ませ次の日に満中陰を済ますことも出来ると聞き、これも義父がさっさと済ませて普段に戻るようにとの思いでは無かったのかと考えてお寺の言うとおり位牌を作りに行ってお棚の予約をし飾りちょうちんも購入し、全てとんとん拍子に進んだので兄弟も済ましたら良いということだったので一ヶ月を待たずに四十九日の法要を済ますことになりました。

自分への戒めと今後の参考の為に記しました。
今日はかなりの長文です。どなたかの参考になれば良いかななんて思っています。
勿論宗派が違うので参考にはならないかもしれません。
また話のネタにでもなればそれはそれで嬉しいと思っています。
長文駄文読んでいただいて有難うございます。
テーマ: 大切なこと -  ジャンル: ライフ
by シェイドオブペール  at 22:32 |  未分類 |  comment (4)  |  trackback (0)  |  page top ↑

嵐が去って

14日に更新して仕事に行きました。近畿上陸という事を受けて帰り大変だろうなと
思い、駐車場の水はけの悪さを思いながら職場へ向かいました。

その日、義父の下へお見舞いに行くのが少し間が開いていると思い行ってきました。
私の顔を見るなり「何時までや?」と聞かれ戸惑いました。
何のこと?と思い聞きなおすとまた「何時までや」と。今日は仕事だからそんなに長くは居ないよ。
帰って食事の支度もしなくちゃいけないし・・・出てきた言葉はそれだけ、返事はなし。

少ししたら在らぬことを口走り・・・この時に悟りました。 
お迎えが来ているのかも知れないと。
仕事に行ったら普段汚くしているところを片付ける為に休みを取らなければと思って居ました。

病院でも台風の話が出てなんだかんだと過ぎた被害の事を話していました。
通勤途中ふと頭の中をよぎったことがありました。
きっと何もかも終わるんではないかと。

仕事に入るとそのこともすっかり忘れて帰りの時間に台風に襲われるんではないかと
いう話で持ちきりでした。休憩時間が予定以上に早くなり、これでますます出会うことになるね等と
冗談交じりに話していました。そのとき頭の中で「違う」とはっきり聞こえてきたのです。

あまりにもはっきりと聞こえたので辺りを見渡しました。当然誰も居ません。
周りは見知った顔ばかりでそんなことを言う人はいません。
気になりながら誰の声かもわからず、そのまま仕事を続けていました。

あと一時間ほどで終わるという時に社員と係長、それと他の人が近づいてきて私を取り囲み
耳元で「早く帰ってください、息子さんが迎えに来ています。お義父さんが亡くなられたそうです」と
社員が手に持っているものを取って「変わりますから」とその場から押しのけられました。

「息子さんが玄関で待ってるはずだから守衛室によってください」
という声に追い出される形で離れました。
まさかこの日になるなんて・・・あの声の主は義父?
カードを通して長〜い廊下を通って三階の更衣室へ

1時40分に息を引き取ったそうです。

病院では看護師さんたちが「お爺ちゃんが台風を持っていってくれましたね」と言ってたそうです。
それから怒涛の三日間が過ぎました。私は夜勤なので当然寝ていません。
お葬式当日が友引に当たるために一日ずらそうと言うことになり
葬儀屋さんに連絡を取り17日を確保できるかどうか尋ねてもらったり、また連休中に済ますほうが
隣組の手伝いに支障が出ないからとか色々状況は変わります。

結論は友引でもかまわないから連休中に済まそうという事で、それぞれ帰っていきました。
それから普段手抜き掃除の所を綺麗にすべく大掃除。
近所の評議委員に連絡を取りに行くべく外に出るも、時間的に早いかもと思いなおし
家に戻り続きの掃除をしながら時間待ち。

前日の事を色々と思い返しながら繋がってゆく事象を改めて感じました。
義父に付いていてくれた人が「あの子(うちの長男)に車椅子に乗せてもらって散歩がしたい」と言ってて他の人に連れて行ってもらったのですが、どうしても上の子に連れて行ってほしかったとみえて
見舞いに行ったときに「明日車椅子に乗せて連れて行ってくれと頼んでくれよ」と帰り際に呼び止めてそういってました。

次の日にその願いは叶えたわけですがそれから一度も言わなかったそうです。

「皆に何だかんだといってもあの子が一番気になる子でかわいかったんだろうね」と言ってました。
助からないと言われ命拾いをして4年前にまた同じ手術をした息子に
特別な思いがあったのは事実です。
あの子が二十歳になって成人式を迎えた時にどうしても車を買ってやりたいと言い、
自分で稼いだお金で買わしたら良いと言うのに是非にと買い与えたことからして、跡取りの長男であり、また大きな手術をしたことで不憫に思っていたのでしょう。

色々な事がありましたが全て終わりました。
私とのいざこざも帰ってこれない理由ももう全て過去のものとなりました。
それもまた思い出として残ることになるのでしょう。
決して良い思い出ではない筈ですが、いつかきっとこれがあったから
今があると思うことになるとは思います。

長い間有難うございましたと言っておきましょう。
お義父さん長い間お世話になりました。
お義母さんと睦まじくそちらで暮らしてください。

必ず私もそちらに参ります。そのときは宜しく!

どうぞ何もかも忘れてゆっくりお休みください。
痛みもなく苦しみもなく心残り、名残もなくただ無心に眠られることをお祈りいたします。

       長い間お疲れ様でした。(-人-)合掌 
テーマ: 家族日記 -  ジャンル: 日記
by シェイドオブペール  at 00:48 |  未分類 |  comment (21)  |  trackback (0)  |  page top ↑

近畿に台風上陸?

沖縄、九州地方に災害をもたらした台風4号が近畿にも
近づいてきました。
明日、朝に最も接近するらしい、上陸のおそれもあるとか

3年前の23号(通称トカゲというらしい)と同じコースを辿るとか
大阪に暴風波浪警報が出されました。

今回の台風は大型という事です。
大型というのは直径500kmで超大型は直径が1000kmという事で
1つ勉強になりました。

先日場所を忘れてしまいましたが一ヶ月の降雨量がたったの一日で
降ったところがありました。

お天気キャスターの人が言ってましたね。
バケツをひっくり返したのではなく
ぶちまけてるって言うほうがあたってるって。
表現方法はいくらでもありますよね(笑)

九州の被害状況をニュースで流していましたが
大変なことになっているようです。

去った後の片付けなど辛いものがありますよね。
水に浸かると電化製品などは使い物にならないし
家財道具一式駄目になってしまう、本当にお気の毒です。

こちらもどうなるのかわかりません。
この雨の中を仕事に行かなければならないのが少し辛いです。
しかも帰りには台風のお出迎え。なんてこったい!Orz

梅雨の置き土産にしてはあまりに激しすぎです。
もっと優しくしてもらいたいと思います。

この台風が去ったなら梅雨明けとなるのでしょう。
降らなくても困りますが降りすぎても困ります。
何でも程々にしていただけたらと思うのは私だけでは
ありませんよね。



テーマ: ひとりごと -  ジャンル: ライフ
by シェイドオブペール  at 20:22 |  未分類 |  comment (8)  |  trackback (0)  |  page top ↑

屋上庭園

今病院も様変わりしているようです。
義父が入院しているためにたびたび訪れるところで患者さんの為にか
介護の人のためにか、どちらにせよ目に映るものは
無機質で色のない世界が広がっているのみ。

それがこの病院は、今年の4月に場所を少し移してを新装開店。
別にパチンコ屋さんではありません(笑)
老朽化が著しく数年の時間をかけて出来た綺麗な病院です。

スーパーのように一度行ってみようというわけにもいけませんが
義父の入院はチャンス到来というべきか、少し不謹慎ではありますが

患者さんたちが集う食堂に携帯電話使用箇所というのがあります。
そこから外を見ると、屋上に草木が植えられています。
建物の温度を下げるにも良いアイデアと思いますが
空調は整えられているはずなんですが・・・暑い。というのが感想です。

これがそのロビーといえるかどうかかは分かりませんが
そこから見た屋上庭園です。

ga-denn


車椅子に乗せてほしいということで病棟一周。
とまでは行きませんがここに立ち寄りました。
息子に託してそこへ行ってみる事に

niwa


入院患者さんの話しではトマトやきゅうりが植えてあるということだったので行ってみる事にしました。
ここの外周を一回りすると結構良い散歩コースになります。
またそうやって散歩される姿が写真は撮りませんでしたが、
一応お花畑のところまでやって来ました。これです。

hanabatake


お天気が悪く携帯なので綺麗には撮れてませんが一応見えるかなと
次の野菜畑を撮ろうと思ったらで、電池が・・・ない。

ま、仕方ないかとまた病室へ戻りました。 
長い入院生活。子供達もここで治療を受けながら学んでいます。

この「屋上庭園」には色々な人の思いがこめられているのでしょう。
手入れをされている方が一人枝を払って掃除機で集めそこここに小さな
山を作っておられました。
テーマ: 健康生活! -  ジャンル: ライフ
by シェイドオブペール  at 15:13 |  未分類 |  comment (7)  |  trackback (0)  |  page top ↑

その・・・後

クローン病について

クローン病の彼女はついに決心してストーマ(人口肛門)の手術をしました。
5月に手術をして一ヵ月後の6月に退院しました。
病院にてストーマの取り外しの練習をし、なれないままの退院で少し落ち込み気味。

でも妹さんやご家族の手助けもあり今元気になっています。
まだストーマの取り外しが大変なようですが、日々の訓練と自力で
交換できるように頑張ってらっしゃいます。
健康が如何に大切か、また人という字があらわす様にもたれあっているという事
誰かの助けがあってこそ成り立っていると教えられました。 

レミケードからいずれかストーマになるんだったら辛さに耐えられるうちにストーマを選びました、と。
高熱が続いて激しい下痢で買い物の途中に下着を汚したからと自分の着替えを買って着替えて
それから買い物をして家事全般をこなし、倒れこむように寝る。
若い女性できっと色々辛い事悲しい思いもあると思うけれど決して言葉にしない。
たまに熱が下がらない、身体がだるいと愚痴を言うくらい、病気は個性と言い切った彼女に
下痢の辛さはなくなったとのではと思います。

今ストーマで健闘中です。

うちの義父の事

病院同士ですったもんだした挙句に今は全然違う病院に入院しています。
どっちの病院にしても不信感を持った結果です。
そこの病院も前出のレントゲンを持ってきてほしいとのことで、宅急便で取り寄せて持参しました。
病院もわざわざこなくても送りますといってくれたそうで宅急便にて取り寄せたということでした。

いよいよ最後のときを迎えようとしています。
でも本人は死ぬ気など欠片さえも無く、手術をしてくれたら
早く治るのに・・・などと言っております。
日によって変わる状態に一喜一憂しながら病院と家との往復になっています
私は覗きに行くくらいであまり看病などしていないのですが娘、息子に見守られてきっといい時間を過ごしているのではと思っています。
私が頻繁に行くと自分は死ぬかも知れないと危惧するので
来てくれないといわれるくらいで丁度いいのかもしれません

病院のシステムで、あれが無いと出来ないとか、あっちの先生の方針に添ってとか
いざとなったらどうするんでしょうか?
患者はその病院の近くで、倒れないと看て貰えないということになります。
最近その病院の良からぬ噂をチラホラと聞く様になっています。
良い先生に巡り合えるのも運のうちということになるのでしょうか?

いい病院とはどんな病院なんでしょうね。

最後に恋心に思いを寄せてのあの人のことです

まだ未練たらたらと若い元、恋人に自分の心を綴っておられます。
それを読んでる私も馬鹿ですが・・・
彼女にも恋人が出来たらしく朝帰りで自分の怒りを抑える事に躍起になったと、
この七夕で完全に忘れる事にすると綴られていました。
恋する自分が好き、自虐的な自分に惹かれ、更に相手を美化して行く。

自分が離れようとすると見透かしたようにメールやら電話が来る
「会いたいから時間を作って」と。

そんな未練がましい自分が嫌になったからこの七夕で本当の別れをしますと結んでおられました。
上司と部下との関係だったそうです。
どんな形でも人を思う気持ちは大切にしたいと思いますが、
一旦自分が決めたこと、けじめは必要かと思います。

年齢差で結婚できないと嘆いておられたと思いますが、
段々と様子が変わっていって社内恋愛だったのかー、
それも結婚できない要因になっていたのかなと思っています。

これを書くために覗いてみましたが早く目を覚まして奥様を大事にしていただきたいと思います。

お目直しにうちに咲いてる百日紅をUPしてみました。
小さい鉢に植えてあるんですが見事に花をつけています。
何処よりも早く咲いてくれたのでみんなに羨ましがられています。


百日紅

 
テーマ: 独り言 -  ジャンル: 日記
by シェイドオブペール  at 23:48 |  未分類 |  comment (7)  |  trackback (0)  |  page top ↑

月の砂漠

 月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました 
金と銀との鞍置いて ふたつ並んでゆきました 

 金の鞍には金の瓶 銀の鞍には銀の瓶 
二つの瓶はそれぞれに 紐でむすんでありました

 さきの鞍には王子様 あとの鞍にはお姫様 
乗った二人はおそろいの白い上着をきてました

 廣い砂漠をひとすじに ふたりはどこへゆくのでしょう 
朧にけぶる月の夜を対の駱駝はとぼとぼと

砂丘を越えてゆきました 黙って越えてゆきました 


これは私が幼い頃に父に良く唄ってもらった曲です。

ご存知の方も沢山いらっしゃると思うんですが懐かしく思い出しています。
先日友人と父の事について話しました。

長い入院生活を送っていたのにほとんど見舞いに行く事もせず、明日でいいわ、
などと一日伸ばしにしていたことを後悔しています。

漁師町で育った父は魚捌きがとても上手くサラリーマンだったとは思えないくらいの腕前でした。
ここに嫁いできたときも新鮮なカツオが手に入ったからとカツオのたたきを披露してくれたり
子供の離乳食にイトヨリでそぼろを作ってくれたり、つみれ団子のおつゆとか
あげれば枚挙にいとまがありません。

魚捌きは上手くはないんですが、見て育ったおかげでそれなりに出来ますが父ほど上手くないので
もっと早く教えてもらっていたらよかったと悔やむ事ばかりです。
入院生活の上ではお見舞いに頂いた胡蝶蘭やその他の花を甦らせる事にも長けていて、
詰め所の前は復活した花たちで賑わっていました。

たまに病院へ行くとボトルシップを始めた、とビンの中に帆船が。
一番初めはビンの中にタバコを入れてタバコも一本一本ピンセットで
ビンの中に入れた箱の中に入れてゆく。
その手元を見つめながら同じように息も止める。

ボトルシップは展示会にも出品されました。

折り紙やボトルシップ、編み物に至るまで何でもこなす父。
私に鉤針編みを教えてくれたのも父でした。

入院生活の長さが伺えます。
大好きだった父に孝行の真似事が出来た事がたった一度だけあります。

昔から釣りが好きで、なかなか連れて行ってあげることが出来なかったのです。
子供が小さいこともあってセダンから車を買い替える事になったのですが
そのときにキャンピングカーを購入することにしました。

ある程度向こうに作ってもらい思うようにしたいところは自分で作るという半分ハンドメイド。

それが出来上がったときに父を釣りに連れて行ってあげました。
少し遠くまで、二度目は近くで病状が進んでいて
あまリ遠くまではいけなくなっていたからです。それでもとても喜んでくれました。
孫達と一緒に釣り糸をたれる・・父にとっては至福の時だったのではないでしょうか。

息子が脳腫瘍で手術が決まったときも当日来てくれました。
前後15時間にもわたる手術にも付き合ってくれました。
具合が悪くなっても病院だからと・・・その父ももういません。

父の愛情をいっぱい受けて育った私は父にあまり優しくする事はありませんでした。
こうやって思い出してあげる事が精一杯の供養になると信じています。

実に個人的なことを書いてしまいました。ここまで読んでいただいたことを感謝します。
いつもながらの長文読んでいただいて有難うございます。
テーマ: 独り言 -  ジャンル: その他
by シェイドオブペール  at 21:34 |  未分類 |  comment (17)  |  trackback (0)  |  page top ↑

月の始めという事で

もう6月も終わり7月に突入しました。
思考力が低下しているため更新内容が思いつきません。
でも月初めという事で一応何か残しておこうといつも行ってる
星占いのサイトから先ず誕生日の言葉です。

  誕生日の言葉

“明日の実現を制限する唯一の要因は今日の疑惑である。”
 フランクリン・D・ルーズベルト(第32代アメリカ合衆国大統領)
 1882年6月30日生まれ  

私は歴史に弱く何故かチャーチルとルーズベルトをごちゃ混ぜにしてしまう癖があって、
あ、これはチャーチルのほうだったなと思っているのですが
やっぱり間違っているという・・・情けなさです。
日本史と世界史が同列に出来なくてやはり”あほ”なんだと認識しています。

それなのにところどころ知っているという性質の悪さ。
皆さんは歴史に強いんでしょうか?
羨ましいです。

そのサイトの中から星の並びと起きるであろう出来事をUPして見ます
興味がある方ははどうぞ!

★土星と金星の直列
 
木曜日の夜から数夜にわたり、土星と金星が美しく直列している様子をご覧になれます。これら二つの星は海王星とほとんどピッタリ、地球をはさんで真向かいの位置関係になります。

この三重の星回りはすばらしい希望に満ちています。争いと混乱の時代は終わりに達しました。
今後、そこから何かすばらしいものが生まれるでしょう。

過去一年にわたり何らかの問題を抱えておられるのでしたら、もうじきその問題を
新しい角度から見られるようになるでしょう。
これから起こる変化はあなたの気を楽にしてくれるでしょう。

★土星と海王星
 
土星と海王星のオポジション(二つの星が地球をはさんで真向かいの位置関係になること)がやっとのことで終わりました。

約一年にわたり、私たちはこの厄介な星回りの影響下にありました。
前回、同じ星回りが起こったのは80年代の終わりでした。

これが何を象徴するかと申しますと、理想主義と現実主義の衝突、信念と文化の対立、
現状と「ほとんどの人々が望む状況」との争い、といったことです。

この星回りが起こっている間、社会は緊張しますが、終了後、人々は一息ついて前に進み始めるのです。
そして、勇気ある決断をしたことに対して恩恵がもたらされます。

★今週の空
 
二、三ヶ月前、木星と土星が調和に満ちた角度を形成しました。これは比較的まれな星の角度です。当時、私はこの星回りが世界中で「平和と調和の発展」をもたらすだろうと予言しました。

それ以来、「世界中から入ってくる日々のニュース」という名の暗雲に少しばかり太陽の光が差し込んできた感があります。

これから光がもっと差し込んでくるでしょう。
ただ、7月に火星と土星が敵対的な関係になりますので、
喧嘩に油を注ごうとする風潮が高まるかもしれません。

最近あなたの人生で争いが起こったのでしたら、そんな誘惑に負けないように。
また、ニュースで不穏な動きが報じられても心配の必要はありません。
事態は沈静化するでしょうから。

毎週楽しみにしているんですが彼独特の言い回しがあって
どっちなんだよという事もしばしば。
いまだになれてませんが、それでも参考にすることはあります。

お気楽です、はい。
テーマ: 雑記 -  ジャンル: その他
by シェイドオブペール  at 20:50 |  未分類 |  comment (14)  |  trackback (0)  |  page top ↑