2007/06/28
事件のはざまで
今日はと言うより昨日もあったらしく身内のことで昨日から今日にかけてバタバタしていて
テレビやニュースなどゆっくり見る暇がありませんでした。
午後から少し時間があったのでワイドショーでニュースを見ました。
例の山口県光市での母子殺人事件です。
死刑反対の立場を取る弁護士軍団が23人も付くと言う異例の事件。
最高裁から広島高裁に差し戻され高裁にて審議のやり直しをしているというものです。
改めて事件の内容を書く必要のない程世間を震撼させている事件でもあります。
簡単に説明しておきましょう。
当時18歳になったばかりの少年が23歳の主婦と生後11ヶ月の乳児を絞殺したという事件です。
しかも泣いて母親にすがる乳児を床に投げつけるというひどい仕打ち
強姦目的で侵入し、激しく抵抗されたからと殺して陵辱すると言う卑劣な犯行。
どれをとっても同情の余地など何処にもない。
家族の嘆き、怒り、憤り、何処へ持っていったらいいのでしょう。
今日の審議ではその元少年(26歳)は全てにおいて否認したと聞きました。
弁護士が変わり、自分が死刑になるかもしれないと知ったときに恐怖に慄いたのでしょうか。
その手で殺害した二人は戻ってくることはありません。
家族の思いは何処へ
自分の欲望の為に無残にも散らされた命。しかも目を背けたくなるような方法で
死刑はなくなったほうがいいのかもしれません。がしかし厳然としてその量刑はあるのです。
人一人では死刑にならない、二人以上それに窃盗だと
「死刑、無期もしくは3年以上20年以下の懲役」の中から
処断刑を選択することになるらしいのです。
殺人はかなりの残忍性があるものとみなしその残虐性はあまり考慮されないらしい。
沖縄で起きた事件で幼女の顔を石で潰したという事件では
被害者が一人であったが那覇地裁は「死刑」控訴審では「無期懲役」が科せられたという。
世間では弁護士達にも非難が浴びせられているという、
ある掲示板では弁護士の罷免を要求して署名運動まで起きているとか
弁護活動も認めます。しかしありえない弁護などしてほしくもないし
詭弁と言うにはあまりにも軽薄でそれにも当て嵌まらない。
陪審員制度が始まったならわたしはきっと「死刑」を多用するでしょう。
亡くなった人は帰らない、奪った命は命で償ってください。
その人の人生の責を負うべきです。それで償えるのなら簡単なこと。
それでも償う事は出来ないのですから
犯罪に走った理由に家庭環境があると言われています。
しかし全ての人が犯罪を起こすことはありません。
環境も確かに大切だと思いますが今の風潮は誰かがしたらいい、みつからなかったらいい、
何もかもが他人のせい。どれひとつとっても自戒ということが見当たりません。
あるとしたら運が悪かった。それだけの事。とても自戒の意味も当て嵌まる事はありません。
この事件に関しては重刑を望みます。
今全てを否認してきた、事の重大さを気付かす為にもです。
最初の事実を認めた供述は何処へ行ったのでしょう。
泣き叫ぶ子供の声が被告人の耳に届いているはずなのだから
止めてと懇願する声が聞こえているはずなのだから・・・
テレビやニュースなどゆっくり見る暇がありませんでした。
午後から少し時間があったのでワイドショーでニュースを見ました。
例の山口県光市での母子殺人事件です。
死刑反対の立場を取る弁護士軍団が23人も付くと言う異例の事件。
最高裁から広島高裁に差し戻され高裁にて審議のやり直しをしているというものです。
改めて事件の内容を書く必要のない程世間を震撼させている事件でもあります。
簡単に説明しておきましょう。
当時18歳になったばかりの少年が23歳の主婦と生後11ヶ月の乳児を絞殺したという事件です。
しかも泣いて母親にすがる乳児を床に投げつけるというひどい仕打ち
強姦目的で侵入し、激しく抵抗されたからと殺して陵辱すると言う卑劣な犯行。
どれをとっても同情の余地など何処にもない。
家族の嘆き、怒り、憤り、何処へ持っていったらいいのでしょう。
今日の審議ではその元少年(26歳)は全てにおいて否認したと聞きました。
弁護士が変わり、自分が死刑になるかもしれないと知ったときに恐怖に慄いたのでしょうか。
その手で殺害した二人は戻ってくることはありません。
家族の思いは何処へ
自分の欲望の為に無残にも散らされた命。しかも目を背けたくなるような方法で
死刑はなくなったほうがいいのかもしれません。がしかし厳然としてその量刑はあるのです。
人一人では死刑にならない、二人以上それに窃盗だと
「死刑、無期もしくは3年以上20年以下の懲役」の中から
処断刑を選択することになるらしいのです。
殺人はかなりの残忍性があるものとみなしその残虐性はあまり考慮されないらしい。
沖縄で起きた事件で幼女の顔を石で潰したという事件では
被害者が一人であったが那覇地裁は「死刑」控訴審では「無期懲役」が科せられたという。
世間では弁護士達にも非難が浴びせられているという、
ある掲示板では弁護士の罷免を要求して署名運動まで起きているとか
弁護活動も認めます。しかしありえない弁護などしてほしくもないし
詭弁と言うにはあまりにも軽薄でそれにも当て嵌まらない。
陪審員制度が始まったならわたしはきっと「死刑」を多用するでしょう。
亡くなった人は帰らない、奪った命は命で償ってください。
その人の人生の責を負うべきです。それで償えるのなら簡単なこと。
それでも償う事は出来ないのですから
犯罪に走った理由に家庭環境があると言われています。
しかし全ての人が犯罪を起こすことはありません。
環境も確かに大切だと思いますが今の風潮は誰かがしたらいい、みつからなかったらいい、
何もかもが他人のせい。どれひとつとっても自戒ということが見当たりません。
あるとしたら運が悪かった。それだけの事。とても自戒の意味も当て嵌まる事はありません。
この事件に関しては重刑を望みます。
今全てを否認してきた、事の重大さを気付かす為にもです。
最初の事実を認めた供述は何処へ行ったのでしょう。
泣き叫ぶ子供の声が被告人の耳に届いているはずなのだから
止めてと懇願する声が聞こえているはずなのだから・・・

