治療とはいかに・・・

義父が肝臓癌の末期です。
約2年前からあるクリニックで内視鏡による手術で
その芽を焼ききって貰っていました。

次々にでてくる癌細胞の芽を摘み取ってかなり元気に過ごしてきました。
3ヶ月に一度右を取ったから、今度は左という具合に、
遠くは北海道、九州などから・・・。
聞くところによるとなかなかこの先生に手術はしてもらえないそうで超多忙に過ごしておられるとか。
紹介が無かったら絶対無理だそうです。

紹介がなかったら誰も行けないだろうと思いますが
自分で判断できませんものね。

やはり年齢には勝てません。とうとうその時期がやってきました。
だからと言って今日、明日ということではありませんが

つい一週間ほど前に”胸が痛い”といって救急車で病院へ搬送されました。
「心筋梗塞」かもしれないということでした。
救急車の中でかなり騒動したそうです。私は後日聞いたのですが

「心筋梗塞」の人間はそんなに元気があるはずも無く生命に係わることが多いので
呼吸が出来なくなるんですもの・・・
ま、とにかく検査の結果それではないとの報告でした。

普段から大袈裟な人で娘や息子から”狼少年”と陰口たたかれているほどです。
だからそんなに気にしてなかったのですが・・・

痛みの元を探るために更なる検査。こっちはわかっている事だけど
先日呼ばれて病院へ義妹が行ってくれました。
「どんな治療をお望みで」「延命は結構」それはいつも私たちが言って
た事なので何も思わないのですが、当然末期がんというのはわかりますよね。

* それについての話し合いだったようなんですが「救急医療で来られたんですからそれについては問題なし、いつ退院していただいてもいいんです」といわれたそうです。救急外来で尚且つそれではないから出て行けとは・・何をかいわんやです。

話の内容では治療をするのだったらそこの医者の『治療方針』に添ってやります
だからレントゲンやその診断書を貰ってきてほしいとの事で
義妹夫婦は電話をした上で取りに行ってくれました。はじめから担当医が休みなのでその日は居ないという事がわかっていた上で今日取りに来てくれというクリニックに疑問を持ちました。
次の日に行くと担当医が一旦そこを退院して一度ここで診察してくださいそれでないと書くことが出来ませんと言ったそうです。

そこで先の話に戻ります。(*です)救急外来で来てるからうちはここまで。これから先は紹介状を持ってきてください。
それから考えましょう、しかし退院されると入院できる保障はありません。←てめーこのやろう。舐めんじゃねーよ!

ちょっと上品過ぎますが・・・

今までなら外出という形で出て行くことが出来たはず、そこに歯科が無い場合、他のところに行かなければならなくてその時は『外出届け』で
治療を受けられたはずなのにそれが出来ない。という事になる。

一旦退院してしかも今度は部屋が無い場合は再入院は出来ないかもしれない、
とはあまりにも無責任な話に思えて・・・
それにあまり動く事も出来ない患者に来いというのも気に入らない。
それが出来にくい状態ならば今そこで出来る治療をすればよい訳で
何が何でも診断書をもってこい、それが出来なければ治療が出来ない。

患者を連れてこなければ診断書がかけないというのもおかしな話であると思います。
誰のための治療なのか、何のための医療なのか聞いてみたい気がして
私が出て行くと話がこじれると思われているので一緒に行ってくれと
言われてません。

事後報告だけです。
それに私自身も体調が悪くあまり活発に動く事が出来ません。

この続きは後日結論がでたらまた書かせていただきます。
今の所はう〜んと言う感じですが、心の中でかなり怒りを覚えています。
奈良の妊婦さんの病院のたらいまわし事件を彷彿とさせるのは私だけでしょうか?
テーマ: 薬・医者・病院等 -  ジャンル: 心と身体
by シェイドオブペール  at 21:40 |  未分類 |  comment (15)  |  trackback (0)  |  page top ↑

命を・・・つむいで

リンクをさせていただいている「いつか見る夢」
ながれ星さんのところにお邪魔させていただきました。
いつも素敵なお写真をUPされていますよね。
ご覧になった方もいらっしゃると思います。

いつも仕事から帰って来てからお邪魔します。(夜勤者なので朝です。)
いつものように伺うと少し様子が違います。
写真につけられているコメントもどうも様子が違います。
読み進めていくうちに納得しました。

写真は傷ついた猫。顔に血がついて・・・。
メッセージは ”いつから心が失せてしまったのだろう・・・

続きはこちらから↓   ↓   ↓

http://samayoiaruki.blog88.fc2.com/

是非ご覧になっていただきたいと思います。

長くなるので書くことが出来ません。
ご自宅で飼われている運の良い、犬や猫たち、小さくて可愛いと飼い主の手に渡り
そして大きくなったからと捨てられ行き場を無くして路頭に迷うペットたち。

物言わぬ動物たちの声なき悲鳴が聞こえてきます。

数年前(前に書いたような・・・)うちの近くでもありました。
あまりにもむごい事件です。

ある晩に激しくなく犬のそれも結構大型犬のような鳴き声が聞こえてきたそうです。
それは二日ほど続いたそうで、その時期は繁忙期も過ぎてあまり田畑や
山に行く用事が無かったので気になりながらもそのままにしていたそうですが、その声は聞こえなくなって、何気に山のほうへいかれたそうです。
お墓の上を通って自分のところのみかん山へ行く道中で何気に池を
見たら大きな檻が捨てられていたそうです。

車を降りて覗き込むとその檻の中に大型犬の姿があったそうです。
もうすでに白骨化し始めていたそうですが自分ひとりで引き上げるのは
無理と判断され知り合いを呼んで来て、数人で引き上げられたそうです。

その中の人もおそらくはその犬の鳴き声らしきを聞いたそうです。
哀れで辛くて、悲しくて仕方が無かったといっておられました。
何も檻ごと捨てなくても・・・と。

檻を壊して中の犬を池のそばに埋葬されたそうです。
うちにも犬がおるけどあんな残酷なんは始めてみたわ、と。
聞いたときにぞっとしました。「嘘やろ〜」というと
「わしがこの手で埋めてやったんや。嘘ついても何の徳も無いやろう。
檻ごと上げたんやから無茶苦茶重たかったんや、」名前が何人か挙がっていました。
「一人では絶対無理やったな、臭うーて臭うーて。でも言うてられへんがな。惨うて」

私にはこの話が忘れられません。

うちにも犬がいます。
いやなことがあっても、辛い事があっても病気のときでもそばに居て
じっと見つめられてると、自然に笑みがわいてきます。

嫌な事など全部持っていってくれているようで・・・
癒されます。

これを書くにあたりまた無断で記載してしまいました。
事後報告という事であとでコメント入れさせていただきます。

ながれ星さん、ごめんなさい。

きょうさん、tenkoさん勝手にリンクになってしまいました失礼をお詫びします。

お三人方のこれからのご活躍心よりお祈りしております。
これからも宜しくお願い致します。

追伸  許可も取らずに勝手に記載しています。
    許可を戴かないままの記事ですので削除もあります。
    その時はどうかご容赦を。

 相変わらずの長文です。読んでいただいてありがとうございます。

追記 
■捨て犬の十戒

1. 僕を迎えてくれた時の事は決して忘れません。
暖かい家族の中で幸せでした。ご主人様との楽しい思いでは決して忘れません。

2. ご主人様が望んでいるようには振る舞えなかったかもしれません。
僕はあまり可愛らしくなかったかもしれません。
でも、ご主人様に喜んでもらいたくて、精一杯頑張ったことだけは本当です。

3. ご主人様がいなくなっても、きっと迎えに来てくれると思って待っています。
側にいられなくなった訳は良くわからないけど…
僕を嫌いになったからじゃないと自分に言い聞かせています。

これ以上書くことは出来ません。切なくて泣きそうになります。



テーマ: 動物愛護 -  ジャンル: ペット
by シェイドオブペール  at 17:03 |  未分類 |  comment (27)  |  trackback (0)  |  page top ↑

穏やかな一日

今日は一年の内に滅多にないほどの良い気分です。
気分もお天気も穏やかな日です。
こんな日にここを更新しようとすると話題に困ります。
がひとつあるんです。ちょっといい話。

ここを訪問してくださった方が書かれているブログの受け売りです。

その前に長く書いていませんでしたが、
  
       「誕生日の言葉」

”人生で最も重要なものは明日である。深夜になると、明日はとても綺麗な状態でやってくる。
到着した時点で明日は完璧な状態であり、私たちにすべてをゆだねる。
明日が望む事は、私たちが昨日から何かを学んだということだ。”

    ジョン・ウエイン (アメリカ人俳優)
    1907年5月26日生まれ

何だか重みのある言葉ですね。

さっき書いたようにブログのお客様でその方の記事の中から

     『奇跡の赤ちゃん』

数ヶ月前のこと、妊娠25週で赤ちゃんが生まれてきました
通常であれば妊娠40週を出産予定日とするんですよね
まだ各器官も形成されている途中だったんじゃないでしょうか…
体重はわずか265g、小さなペットボトルよりも軽いことになります。
臓器はまだ未発達、人工呼吸やチューブによるミルクなど、
約3ヶ月は新生児集中治療管理室(NICU)でケアされたそうです
その甲斐あって、2月にはミルクを自力で飲めるようになり、
今月3日には体重3020gに達し、無事に退院を果たしたそうです 。

最近は赤ちゃんの受難が報道されていますが、こんな記事を読むとほっとしますね。この記事がUPされたのが4月の末だったと思います。
昨年の11月に生まれたという事ですね。
こんな心温まる記事ばかりだといいんですが、今の世の中はちょっと変です。

これ以上書くとせっかくのいい気分が台無しです。
いい気分のままで終わりたいのでこの辺で

読んでいただいてありがとうございます。

テーマ: 何気ないこと -  ジャンル: 日記
by シェイドオブペール  at 19:57 |  未分類 |  comment (9)  |  trackback (0)  |  page top ↑

ダーリン・・・

今日はそれぞれが大事しているもの
可愛がっているものをUPして見たいと思います。

その中のひとつでピンポンパールと言う珍しい金魚ちゃんの写真です。

poku


歴史と名前の由来「ピンポンパール」とは、「珍珠鱗(チンシュリン)」から出現する短尾で丸手の個体を選抜交配して固定化した個体のことを言います 。
ピンポンの名前の通り、まん丸な身体にパールは鱗が盛り上がっているんだそうです。
それで、ピンポンパール。
鱗がはがれてしまうと今度出来る鱗は普通の鱗になってしまうそうです。

次は息子が先日出張で千葉に行ったときに私が喜ぶと思って
撮ってくれた蝶です。
少し小さくて見にくいかもしれませんが、努力のあとを見てやってください。私も本人も納得です。

tefutefu


これを撮るためにかなり苦労したそうです。
近づいたら逃げる。離れたら写らない。
待って、待ってやっと撮れたショット。お土産ーだよ。と
私が写真が好きなものでみんなが気にかけてくれます。

ありがとう!

次は悪魔のようなやつ!可愛くってもう・・・
うちのアイドルです。

ji-na


飼って直ぐに事故に遭いました。
まだほんの小さな身体で・・・前足骨折。肉が殺がれ、肺挫傷、
獣医さんに駆け込みました。
飛び出してしまってあっという間もなく・・・助けてやってくださいと懇願したのが嘘のようです。
何をあげても食べてくれなくて・・・獣医さんもお手上げ状態で
毎日ササミをボイルして運びました。

お金の事はいえませんがゆうに三頭は買えます。
うちの金喰いワンコです。ジーナって言うんですけど
わがまま気ままに育ててしまいました。

ジーナの声。私ってグルメ過ぎて少々体重オーバー気味。
誰かさんと一緒にダイエットしなくてはと思っています。
でもねご主人がいらないって言ってるのに食べさせてくれるんです。

昨日はお肉のたたきを頂きました。これでは・・・。無理ですから。
でも美味しかったんですけどね。

テーマ: 雑記 -  ジャンル: その他
by シェイドオブペール  at 19:22 |  未分類 |  comment (12)  |  trackback (0)  |  page top ↑

魅惑のかほり

私が毎週見ている占いサイトがあります。

 伝説によると、ジャコウ鹿は官能的な芳香を求めて一生を費やすそうです。鹿は魅惑の香りの出所を見つけるため、昼夜を問わず森の中をさまよい続けるのだそうです。その香りの元が自分の体内にあるとは露とも知らずに!
 この話、厳密には真実ではないのかもしれません。でも、この鹿は人間を彷彿とさせますよね。人は精神的または物質的な欲求を満たすため全力を尽くします。「誰か」や「何か」、あるいは「できごと」や「状況」が、渇望してやまない満足感をもたらしてくれると思い込んでいるのです。今週、自分で自分を満足させるパワーがあなたのものです。そのパワーを譲り渡さないでください。

これが今週の内容なんですが、ふと気になったので「麝香鹿」について調べてみる気になりました。

「麝香」一度や二度は聞いたことがある名前ですよね。

ググってみました。

古くから香料や薬の原料として使われてきた「ジャコウ」、ジャコウジカという鹿の雄の下腹部にある嚢状の腺から分泌されるフェロモンです。漢字では「麝香」と書くのですが、文字に「鹿」という部首が含まれていることからも分かるように、「麝(じゃ)」の一字だけでジャコウジカのことを指します。すなわち「麝香鹿(じゃこうじか)」という名前は「ジャコウジカの香りを出す鹿」という、無限ループに陥りそうな意味なのです。

それはさておき、麝香は香料の王者とされ、強い臭いを発する多くの動植物の名前に冠されます。ジャコウネコ、ジャコウネズミ、ジャコウアゲハなどは、名前を聞いたことがある方も多いでしょう。他にもスイート・ピーは「麝香豌豆(じゃこうえんどう)」、カーネーションは「麝香撫子(じゃこうなでしこ)」の異名を持ちます。

麝香は西洋でも用いられ、英語では「musk(マスク)」と呼ばれます。網目模様でお馴染みの「musk melon(マスクメロン)」、ブドウの品種「muscat(マスカット)」は共に、麝香のように良い香りがする、の意味から名付けれられました。ところでこの「musk」という言葉、その先祖はペルシャ語の「mushk(=睾丸)」。麝香の採れる場所が場所なだけに仕方がありませんが、今度メロンやブドウを食べる時にはちょっと考えてしまいそうですね。

でもそれはすっかり忘れてメロンはしっかり頂きます、はい。
マスクメロン、読みながらもしかして思いましたがやはりですね。
マスカット、お前もか〜。ですね。

香木といわれるかをりは利いたことがありますが、
麝香は記憶にはありません。

お扇子などで白檀でつくられたものとかお線香ですね。
それに匂い袋。
日本のものは柔らかなかをりのものが多いように思います。

西洋のものはきつい感じがします。向こうはあまりお水が豊富ではなく
お風呂にも毎日入らないのでその体臭を消すために香水が使われていたと記憶しています。
それともうひとつ、異性を惹きつけるための手段でもあるらしいのですがいずれもかをりが大事な役目を果たしているようです。

洋の東西を問わず、かをりとは人の心を惑わすもの。
私は食べ物の(この場合はかをりとは言いませんね)匂いです。
う〜ん、弱いですね〜。すごく惹かれます。(笑)

しばらく前に小椋佳さんの「シクラメンのかほり」と言う歌がありましたよね。この曲で本来の「かをり」から「かほり」に変わったと言う事ですが奥様の名前が「歌穂里」とおっしゃるそうで彼はきっと奥様のことを意識してつけられたと思います。
今では「かほり」が当たり前になっているそうです。

私も何かの記事で妻の名前が・・・と呼んだ記憶があります。
もし使われるときは「かをり」を使うようにしましょう。

いつもながら長くなって申し訳ありません。
読んでいただいてありがとうございます。
テーマ: 自然と自然保護 -  ジャンル: 趣味・実用
by シェイドオブペール  at 00:33 |  未分類 |  comment (14)  |  trackback (0)  |  page top ↑

カルミアの花

konnpeito


珍しい花があったからと大きな鉢を抱えて帰ってきました。
小さなつぼみの頃は丸いちっちゃな白。
少し大きくなると赤い色。形も面白く金平糖の形。

傘を開く前の形でもある。
それだけでも、見ごたえがありますが開いたらどんな花が開くのかと
楽しみにしていました。

桔梗のような5角形の花という事でした。
桔梗のような花を想像していたんですが、想像していた花と少し違っていましたが咲きました♪

さいた


これです。
う〜んこんなものかと思って眺めていたんですが、毎日見ていると段々可愛くなってきて
ひとつ咲いた。またひとつと意外と嬉しく思っています。

何でも満足出来るものですね。
北アメリカ原産でスエーデンの植物学者「カルム」がみつけたそうです。
そこから「カルミア」となずけられたそうです。

道行く人が「この花なんて名前?変わってるね」と声をかけられます。
うちの周りは花の好きな人が多くてたくさん植えているので
目立つには変わったものとか珍しいものを植えないと見てもらえません。

別に目立とうとして植えているわけではないのですがついつい変わっていると
買い込んでしまう悪い癖です。
おかげでどこにでもある花と趣が変わっていいんじゃないかなと一人悦にいってます。

satuki


おまけです。うちで一番姿のいいつつじです。
色もお決まりの色ですが、お気に入りです。
たださつきと言っていたような・・・違っていたらごめんなさいです。
by シェイドオブペール  at 08:33 |  未分類 |  comment (7)  |  trackback (0)  |  page top ↑

絶不調です・・・・

昔まだ若かった頃夢を自由に見ることが出来ました。
といっても10年前くらいはそうでした。

たとえば大事な本をしまいこみ過ぎてどこにしまったかも
わからないようになったときに、強く願って眠りにつくと必ず夢の
中である場所を探す事が出来ました。教えられるといいますか・・・。

長く会っていない友人にふとどうしているのかと気にかけると
夢の中で会うことが出来ました。
不思議と次の日に電話がかかってきたり、ばったり出会ったり
「昨日あなたの夢を見たからどうしているかなと思って・・・」

些細な事に左右される自分の気持ち。
世間で悪いニュースばかり見聞きしていると身体の中におかしなものが
溜ってくる。
思考はそれを受け入れてしまい、拒否することもない。

あ、こんな事件もあった、こんな事件もあったと次から次に過去もあわせて重くのしかかってくる。
また逆もある。それは楽しく力が沸いてくる。
喜びにあふれ、活力がみなぎって全てが光輝いてくる。

毎日暗い事件は見ない聞かない様にしてはいるけれど、これだけ流れるといやがうえにも耳に飛び込んでくる。

幼い子供が・・・・、この世で絶対的な親が・・・生活をする上で
食事から全てものを与えてくれるはずの親を・・・

悲しい出来事が多すぎます。
体調も悪くこのようなニュースを見ると聞くと、
自分に停留して溜め込まれてしまいます。
更に体調も悪く、自浄作用がなくなり思考が拒否をしてきます。

ほかの人には理解できない事と思いますが自分ではよくあることと。
夢を自由に見ることが出来た頃は、心も自由で嫌な事も良いほうへ転換
することが出来たのかもしれません。

友人に聞くとそんな風に自由に夢を見ることは出来ないと言ってます。
ある意味特殊能力だったのかもしれません。

それも今はなく何故出来なくなったのかもわかりませんが・・・。

少し前から心の重荷を下ろすことが出来ずに抱え込んでしまい
薬を飲むようになりました。
最近飲む必要はないといわれて、飲まなくなりとたんにこの事件の数々

重苦しい空気の中で長い時間を過ごす。
眠りは浅く、過去と現在が入り乱れて、眠った気がしない。
いつも睡眠不足。眠剤も軽いものでそれに負けない。
強い薬はもらえない。導入剤と軽い眠剤だけ。それも無くなって
自分の心のコントロールを失わないようにする為に耳を閉ざして目を閉じる。

今、庭と言うほどものではないのですが鉢植えで名前を忘れてしまいましたが、始めのつぼみはとても小さく白い。
少し大きくなると赤い色がきれいです。
それだけでも華やかなのですがひとつの花と楽しめます。
でもそれも開いてくるんです。今5つ6つと花開いています。
小さな花が桔梗のような5角形の花になります。

毎日草取りをしながらその花を見るのが楽しみです。
日々姿を変えて自己主張をする。

この花に負けないようにもっと強くならねばと言い聞かせています。
赤い花ですが開いたら中が白いんです。
今度ここにもUPして見ます。


読んでいただいてありがとうございます。
テーマ: 小さな幸せ -  ジャンル: 心と身体
by シェイドオブペール  at 18:22 |  未分類 |  comment (3)  |  trackback (0)  |  page top ↑

一年前の・・・雑記

 先日自分のことを書いてみましたがそのときの手術の内容です。
 医者は麻酔は全身麻酔と部分麻酔があります。
 どちらかというと傷の直りとか色々考えてみると部分麻酔がいいと思いますので・・・
 という事で部分麻酔でした。
 はじめから部分麻酔をするつもりなんだから聞くなよといいたいです。
 
 私は意識がないうちに終わっているというのが理想なので全身麻酔がいいといったのに

 ”乳房の溜っている血液を抜き取って洗浄します。それが済んで断裂している筋肉を縫います。
 ほんの3センチほどの傷ですから直ぐ済みますよ。まぁ一時間半ほどですね。”
 
 それまでは毎日乳房を持って病院通い。重たいので・・・巨乳の方大変ですね。
 骨折したときに首から袈裟懸けにして手をつっている状態を乳房でやっているわけです。
 何せ痛いし重たいし・・・寝るときも真上になるように胸の上に置いて寝るんです。
 左腕が心臓と同じ高さになるようにタオルなどを置いて

 手術の当日というよりもいつもの診察と思ってガーゼ交換のつもりが
 「今日ね手術しますから・・・早いほうがいいので少し遅くなったかなと
 おもっているのでね」私「・・・?!」「2時から始めるから、準備してね」
 「なんの準備じゃーっ!聞いてねーよ!」と心の中で叫んでいました。

 まったく・・・。手続きをしますのでこれとこれを書いてくださいと手渡されて書類。
 「一旦家に帰って簡単に荷物とって来ます。」帰宅。
 「1時半までにきてくださいねーぇ」の声を背中で聞きながら

 家でその話をするとみんなびっくり!「えーっ!」って。
 仕方がないのでばたばたと私宅をするとそのまま病院へ。
 誰にも連絡してなかったのですが義姉や義妹が駆けつけてくれました。

 予定を30分以上も過ぎて手術室へ・・見るからに数年単位で使われていない。怖っ!
 まな板の上の鯉になったことはないのですが、う〜んです。
 看護婦さんが麻酔がかけられている私の頭上で
 「何年ぶりかね〜手術なんて。ここはもう先生もお年だから
 しなくなったのよ。」ぎえーっ!心の声です、はい。

 なるようになれ!という心境でした。お決まりの言葉「痛かったら言ってください」
 顔の上に布がかけられて始まりました。

 3センチってそんなに長いか?などと思いながら機械の音を聞いていました。
 「抜き取ったら血液の量を量って」看護師さんが「340(20)gです。」
 「あと洗浄をしっかりやって色がつかなくなるまでね」

 そのとき思ったんですよね。
 牛乳瓶とか洗うときに振って洗うそんな感じでやってたようなんです。
 私を逆さにするわけにもいかないので機械で吸い取って・・・
 何度も繰り返す・・・「今切れた筋肉縫ってますから
 意外と大きく裂けてるからね。大変だよこれは」「痛みますか?もう直ぐ終わりますよ」

 「痛いんですけど・・・」答えはわかっていましたけどね。
 「ちょっと引っ張ってるし縫ってるからね・・・でももう少しだから
 我慢してね」足元の看護師さんを蹴ってやろうかしらと思うくらいに痛み出して
 なが〜〜いもう少しが終わりました。
 
 医者の汗拭く前に私の脂汗を拭けって!(怒)もう死ぬかと思った。
 入院一週間で逃げて帰りました。
 
 身体は拭いてくれないし、術後の安静時の状態もいい加減で
 動いてはいけないと言われていたんですが歩いてトイレやらなにやら
 行きましたね。でも誰にもなんにも言われず・・・これってどうよ。

 療養型の病院に変更したという事でお年寄りが沢山入院されていて
 私は見たんです。ヘルパーさんが小さな洗剤の容器を持って
 おむつ交換に行ったのをその中のお湯はお尻を洗うために入れてあるもので
 母が寝たきりになったときにヘルパーさんに教えてもらっていてのです。

 カーテンを引き中でごそごそ、私は個室でしたが暑いのでドアを
 あけて貰っていたのです。

 でてきたときは空になっているはずのボトルは全然減ってなくて・・・
 何をかいわんや・・・です。
 一週間で逃げて帰りました。

 治療中に化膿して抜糸も延び延びになって・・・

 現在、血腫が出来ています。
 まだ小指の先ほど、これが大きくなるそうです。
 そのときに塊を取り除くそうです。でも私はそこには行きません。
 掃いて捨てるほど病院はあります。違うところへ行きます。
 だって怖いでしょう。何があるかわかりませんから・・(-人-) 南無っ!
 
 長くなって申し訳ありません。
 読んで頂いてありがとうございました。
 
 
テーマ: 健康第一 -  ジャンル: 心と身体
by シェイドオブペール  at 20:09 |  未分類 |  comment (13)  |  trackback (0)  |  page top ↑

一年前の出来事で・・・

昨年の5月16日午前5時50分。
家が直ぐそこというところで事故を起こしてしまいました。

早朝という事もあってスピードもかなり出ていました。
一瞬何があったのか理解する事が出来ませんでした。

車はあらぬほうを向き降りる事も出来ずにシートに張り付いたまま。
あっという間もない出来事でした。ベルトを外し車外に出ると、
単車で通りかかった人が近づいてきて救急車を呼んでくれました。

携帯で家に電話を入れて車を片付けてもらうためにきて貰い、レッカーの手配やらなにやら
呼吸が出来ない・・・。苦しい・・・薄れる意識を呼び戻しながら。
近づいてくるサイレンの音を聞く。

担架に乗せられて病院へ、車の中でレントゲン医師の在不在の確認。
家から離れて職場の近くの病院へ。

家に向かっているはずなのになんで会社の近くに・・・と
みるみる左胸が腫れ上がってくる。レントゲンに肺は映らない。
左の乳房は血液で満たされて子供が持つボールほどに腫れ上がり
重くなってゆく。

何が起きたのか理解できないままに、医師の診察を受けて
おそらくシートベルトで捻ったような感じで筋肉が断裂していると思われます。
それの内出血でしょう。数日うちに手術の必要がありますといわれました。ある程度、治まってからでないと手術ができません。と

思い出してもぞっとします。
その前からずっと心を患いながらも必死で自分を保ってきたはず、
間違ってもそれを望むはずもなく、意識はそれを遮断してしまって
思い出すことも出来ない。

ただいつもならバッグの中身を手で探りながらガムを取り出すのに
その時はひざに置いて中身を確認していたのをかすかに覚えていて
それが最後の記憶。これを思い出すのにかなりの時間を要した。

恐怖もなくただそれから逃げ出したいと思っていたのかもしれない。
頭の片隅でそれへの憧れがあったのかもしれないと今は思う。
逃避ではなく生きるために。
まるで真逆のことになるけれどそれしかないような・・・

現実に引き戻され、私自身は絶対にそれは出来ないと今も信じています
それを望むならもっと確かな方法があることを知っているから。

もう直ぐ一年になります。
今は昔と語れるにはもう少し時間が必要かと

今はそれについて誰も何も言いません。私の心も痛むだけ・・・
ただそんなことがあったと記すだけです。

胸に残った大きな傷跡は事故の怖さを物語ってくれます。
その事故で誰も巻き添えにしなかった事だけが救いです。

わき見運転はいけません。皆さんも気をつけましょう。
テーマ: 健康第一 -  ジャンル: 心と身体
by シェイドオブペール  at 21:00 |  未分類 |  comment (10)  |  trackback (0)  |  page top ↑

奥祖谷のかずら橋

001


「奥祖谷のかずら橋」は二重かずら橋です。
これは長いほうなのですがいかにも頼りなさげですね。
これを渡りました。一歩一歩踏みしめながら・・・
ワイヤーが入っているので心丈夫といってもこれですから怖いですよね

かずらが切れてワイヤーが剥き出しのところもあるんです。
早い目に補修をお願いします。でないと情緒も何もあったものではありませんから・・・

水も綺麗でした。ここに小さな滝があったんですが、私、ない勇気を
振り絞って出したんです。この野猿に乗るために・・・
勿論滝も写真に撮りましたよ。
ちょっと小さめですが・・・

20070506160018.jpg


振り絞った勇気をを持って望んだのがこの写真の野猿です。
向こう側からは沢山の人が待っていました。こちらからは3、4組
かずら橋を渡らずにこれに先に乗ろうという人たちです。
渡った私たちは
そんなに待たずに乗れましたが、これのほうが怖くなったですね。

だって前に進むためにわき目もふらずにロープを引っ張るんですから下を見ている暇はありませんから・・って言うか見たくないし(笑)
一度体験されてみてはいかがでしょうか。
川幅はそんなにありませんので大丈夫です。

もっと大きい川だったらきっと乗ってませんでしたね。
高さも思ったほどではなく、例の十津川村の吊橋のことを思ったら
こんなのは楽勝です。高さ50メートル長さ300メートル。
考えただけでもぞーっとします。

今だからいえるんですけどね。
そこにいるときはそれどころではありませんでした、はい。

002


先日の下見の帰りにホテルに向かっているときに自転車で倒れている方に遭遇しました。顔面血だらけで・・・

車を端に寄せてみんなで大変だって駆け寄っていったんですが
濃い血が流れていて傷の深さを思いました。
救急車を呼びましょうかと言っても大丈夫ですからと、車からタオルとティッシュを持ってきて手渡そうとするんですが受け取ってもらえず、ポケットからご自分のを取り出されて行って下さいと。

かたくなに拒否されました。
15キロほど下ったら自分の車もあるし、替えの眼鏡もありますから
もう行ってくださいと言われてそのまま後に残して出発しました。

あとであの人に何かあったら当て逃げしたとか言われないかななど
ちょっと心配もしてみたり何もあんなに拒む必要があるのかななんて思いながら・・・とにかく色んな人がいらっしゃいます。

親切?お節介・・・どっちなんでしょうか。
でもたいしたこともないようでよかったよかったと思うことにしました

またしても長文になってしまいました。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
テーマ: 旅先での風景 -  ジャンル: 旅行
by シェイドオブペール  at 16:39 |  未分類 |  comment (16)  |  trackback (0)  |  page top ↑

祖谷のかずら橋

昨年より行ってみようといっていた「祖谷のかずら橋」に行ってきました。
渋滞を避けて夜中に出てゆくはずが帰ってきてから
ゆっくりしたかったので仕事が済んでから出て行くことになりました。

仕事から帰ってそれなりの準備をしていたので直ぐに・・といっても
7時近くになってしまいました。
そこから待ち受けている渋滞の中へ出発。

こんなはずではなかったのに・・・予定をはるかにオーバーして
明石大橋のサービスエリアに到着。
食事をしようにもあまりにも人が多くて食べる気も失せて。

大好きな観覧車に乗りました。
高所恐怖症の私でも何故かこれは大丈夫なんです。
区切られていて足元も見えないのでおそらくそれでいけるのかなと・・
下は見ませんが。

あの恐ろしい人、人、人、の中から血の繋がりの恐ろしさを感じる
出来事がありました。義姉夫婦が私たちを見つけたんです。
同じところに住んでいても顔を合わすこともないのに
何故にこんなところでとお互いに驚きました。
ご主人の実家に用事で行くところだとか、私たちは上で
義姉夫婦は下から高速も一般道路もあまり時間的にはかわらなかったようです。

目的地に着いたのはかなり時間も過ぎていて「奥祖谷のかずら橋」の下見に。

とにかく狭い。対向する所を逃すと絶対無理と言うところばかり。
集落があってそこでは生活の匂いがあるんですがそれ以外にも
家屋が点在いるところも多々あって・・・。
廃屋になっているところが・・・時代の流れを感じました。

そしてメインの「祖谷のかずら橋」へ
かなり遅くなってしまっていたので朝早くからの見物と言う事で
遅くなってのチェックイン。
ワンコも一緒なので交代で車の中にもチェックイン。

朝食は早くに用意してもらって、車をホテルに残しいざ、かずら橋へ
行ってみると綺麗なしっかりした橋が。
いわれを聞くと昭和天皇がかずら橋を見てみたいと言われてそれで
急遽復興させたと言う事でした。それから保存会が出来て3年に一度の架け替えをして通行料はそれの費用に充てられるそうです。

でも最近ではそのかずらもなかなか手に入りにくいということです。
昭和天皇が若かりしころ元々伝統文化を大切にされる方でその一言で現在まで引き継がれていると言う事なので感謝しなければ・・・合掌。

私といえばそこを渡るのにも一苦労。高さがないので大丈夫のはずが
へっぴり腰。一歩一歩丁寧に足を置いて、手すりと言うかそれにすがっての渡り、あまりにも必死になってすがっていたのであまり使わない
二の腕がい・た・い。腹筋も使ったようで・・・

私が渡り終えるころには何人もの人が通ってそのたびにゆらゆら揺れて
大阪から来たという年配のご夫婦が「やっぱり谷瀬の吊橋やなぁ」と
因みに高さ50M長さが300Mもある吊橋です。
私はここで足がすくみ動く事も出来ず半泣き状態になりました。

一度お試しあれ。奈良県にある十津川村と言うところです。
繁忙期は往復できませんがバスが出ても元のところまで送ってくれます
ほとんどそんな時はありませんが、このウイークは片道と思われます。

足元が地に着いていないということはやはり抵抗があります。
またまた長くなってしまいました。

今度は車で走る事一時間あまり「奥祖谷の吊橋」へ二重かずら橋ということであそこも渡れたからと自信満々で行きました。そこで川下りもするはずだったんですが 「うだつの町並み」への距離も考慮して
中止に。

この二重かずら橋はいたって簡単に渡れませんでした。
写真を撮ったのでいずれUPしたいと思います。

前に渡っていても怖いものは怖いんです。ここで野猿を体験しました。
これが意外と全然怖くなかったんです。
何故ってロープを引っ張って渡るので前しか見ていないんです。
下を見る間がなかったので大丈夫だったんですよ。

外人さんも大勢きていました。
みんな平気そうでしたが私のような方が一人変な連帯感で渡り終えたとき顔を見合わせて笑いあいました。(笑)
すっごく親しみを覚えましたね。

違うところで会ったのですがにっこりと会釈してもらいました。
長く勤めていますが始めてゴールデンウィークに休みを貰いました。
とてもいい思い出になりました。

今日はこの辺で長くなりすぎました。
読んでいただいてありがとうございます。
テーマ: 楽しい旅行 -  ジャンル: 旅行
by シェイドオブペール  at 19:56 |  未分類 |  comment (5)  |  trackback (0)  |  page top ↑

ネット・カフェ・・・今時の。

先日、自宅にも帰らずにネット・カフェで暮らしていると言うニュースがありました。そのときはそんなに思ってなかったのですが、

私が行ってる会社でも慢性的な人手不足で派遣会社から毎日昼10人、
夜勤で10人、合計20人の人に来てもらっています。

同じ人が毎日来ると思っていたら、日替わりで来ています。
同じ人が来ると何かと助かるので、普通にそう思っていたら何と日替わり・・・う〜ん理解不能。

たまたま休憩時間が同じになったので聞いてみると、一日だけで
その日に清算してくれるので都合がいいとの事。

大学生、短大生、フリーター、その日だけならいいという主婦。
この、ゴールデンウィークのためだけに雇い入れた人たち。
それ以外にもアルバイトの学生さんがいます。

派遣から来る人に対して支払われる金額が一週間で330数万円。
新しく設備投資してそれに一億円何がし・・・。

それの竣工記念として一人当たり1200円相当の品物×300人あまり。何故に我々の時給は上がらないのか・・・orz

タイトルと違う話になってしまっていますが・・・先ほどの話に戻ります。
休憩時間が同じになったときに色々聞いてみるとその日のうちにお金がもらえるので来ているという事でした。
夜勤に限りですが、夕方7時から朝の6時まで大方半日会社にいるんです。我々には考えられません。

帰るときに一万円程度のお金を貰えるらしく、直ぐに現金が手に出来るのでそれがいいと言っていました。
どこでネット・カフェの話を思い出したのです。

会社としてはパートさんを募集していてもなかなか来てもらえない。
来ても直ぐにやめる。
親会社はパートの募集をして見習い期間として2ヶ月の猶予期間を
設けている。2ヶ月したら正式採用になると言うことらしいのですが
その2ヶ月でやめてしまう人がほとんどだとか。

長くい続ける人はいないらしい。
うちもあまり変わりがない。
この仕事は私には合いませんと止めていくらしい。

派遣から来ている人は家に帰ると面倒くさいから、続けて仕事があったら家が遠いのでネット・カフェも時々利用する事があるそうです。

そのお金が手に入って友人と遊びに行くときは、そのほうが楽でいいからとか・・・今一眠れないけどと。

若い人の考えている事は私には理解しがたく、親の立場としては許しがたいと言うと、考え方が違うと言われてやり込められそうになりましたが、私も親の対場からして譲れません。

先日こういうニュースがあったと話をすると口々に「いるいるそんな人」いつ行っても同じ人がいるとの事。
「就職難民」と言うそうで若いうちにしか経験できない事をするとか言っていて就職が出来なくなってしまうらしい。

でも自分たちは違うといっていましたが、私からするとあまりかわりがない様に思われて・・・ちゃんと就職しますよといってはいましたが

調べてみると絶対必要不可欠なものとして携帯電話が上げられる。
日払い契約者は携帯で現場到着、終了コールを入れることになっているらしく、また次の仕事先の連絡もしなければならない。それが毎日続かなかった場合は、家賃、光熱費などの支払いが困難になるため、お金が
かからないネット・カフェなどで過ごすようになるということらしいのです。それと同義語でマック難民と言う言葉も存在するそうです。

家に帰れよ。と思うのは私だけでしょうか?
これについて色々と書いていると今でも充分に長いのですが
もっと長くなりそうなのでこの辺で・・・。
機会があったらまた続きとして書いてみたいと思います。

長文失礼しました。
テーマ: 考えさせるニュース -  ジャンル: ニュース
by シェイドオブペール  at 08:10 |  未分類 |  comment (9)  |  trackback (0)  |  page top ↑